コラム

世界26カ国で実施される宮島達男の「柿の木プロジェクト」――絶望から再生へ

2022年12月09日(金)10時50分

さらに、中学生の時に死を意識し、高校の修学旅行で訪れた原爆資料館で大きなショックを受け、その時感じた人間に対する絶望感に折り合いがつけられないまま、今でも人間の魔性をどう乗り越えられるか、アートにそのような役割があるか、と問い続けているという。

1から9のカウントを生の時間、0の代わりの暗闇を死として、人間が生きて死ぬ命のサイクルや生命そのものを表す、宮島作品におけるデジタルカウンターの明滅には、戦争や自然災害も含め様々な要因で、何度も絶望が押し寄せてきても、そこから這い上がり再生へと向かうための希望と生への渇望が込められている。

2018年、完成から20年を経た直島の角屋では、「継承」をテーマに、改めて《Sea of Time '98》タイムセッティング会が行われた。20年前に参加した人の中には、亡くなったり、転居した人もおり、カウンターを近しい家族や現在の島の居住者に譲りたいという人もいたため、19名分を公募にかけることになった。すると今度は多くの応募があり、抽選会まで開かれるほどの人気であった。

miki202212-miyajima-2-4.jpg

2018年12月に行われた「角屋20周年タイムセッティング会」にて、作品について島民に説明する宮島達男

20年の間の変化は、アート活動への理解だけでなく島民の多層化にも見られる。技術も同様で、20年前のような、数字の変化を眼で追いながら速さを決める身体的方法から、参加者が自分にとって重要な数字を設定速度とする観念的な方法に代わり、より記憶に残りやすくなった。そうしたこともあり、20年の時を経て作品の意味も微妙に変容しつつある。生活する人々の時間や命の輝きが寄り集まってハーモニーを生み出すだけでなく、LEDカウンターによっては、故人が生きていた証として亡くなった人たちの記憶を誘発するメモリアルな側面も持つようになった。

宮島自身が語っているように、作品が全く同じかたちで残り続けるのも継承の一つのあり方だが、「それは変化し続ける」、「それはあらゆるものと関係を結ぶ」、「それは永遠に続く」というコンセプトを考えると、変化しながらコミュニティのなかで引き継がれていくということもあり得るだろう。

こうして、離島の集落のなかで、200年以上生きてきた古い家屋が、この先も時代とともに変わりゆくものを受け入れつつ島民によって大事に生かされ続けることで、作家の込めた平和と共生への思いとともに、島の生の営みや再生の記憶と、この場所が誘発する「どう生きるのか」についての問いも、永遠のメッセージとして未来に継承されていくのである。


本稿は基本的に本人への聴き取りを基に構成。
その他参考文献:
「宮島達男クロニクル1995-2020」展図録、千葉市美術館、2020年
2020年10月10日開催講演会「四半世紀、これまでとこれから」千葉市美術館 YouTube にて2020年12月7日配信 
ベネッセアートサイト直島広報誌 2019年7月号


※この記事は「ベネッセアートサイト直島」からの転載です。

miki_basn_logo200.jpg




プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イランとイスラエル、再び互いを攻撃 米との対話不透

ワールド

米が防衛費3.5%要求、日本は2プラス2会合見送り

ビジネス

トヨタが米国で値上げ、7月から平均3万円超 関税の

ワールド

トランプ大統領、ハーバード大との和解示唆 来週中に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 8
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 9
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 10
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 10
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story