コラム

インド太平洋経済枠組み(IPEF)は国際法違反にならないのだろうか?

2022年05月30日(月)14時43分

もっとも、貿易において特定国が差別されることは決して珍しいことではない。今年に入っても、ロシアのウクライナ侵攻が起きたのち、アメリカやその同盟国がロシアに対する経済制裁を発動し、ロシアへの最恵国待遇を取り消した。ロシアもGATT締約国なので、本来は最恵国待遇を受けるべきである。ただ、GATT第21条は、加盟国が国際の平和及び安全の維持のために国際連合憲章に基づいて一般最恵国待遇の原則から外れることを許容している。要するに、国連の安全保障理事会で侵略国に対する経済制裁を決定した場合には、その国に対する最恵国待遇を取り消して貿易制限を行っていいことになっている(中川淳司『WTO』岩波新書、2013年)。

ただ、今回のロシアに対する経済制裁は国連の安保理決議に基づくものではない。それはロシアが安保理常任理事国なので拒否権を行使できるためであるが、それでも普通の国であれば経済制裁を科されるようなことをロシアがやらかしている以上、最恵国待遇を取り消されてもしょうがないと思う。

合法的な中国外しだったTPP

一方、中国も数年以内に台湾に武力統一を仕掛けるぞ、とアメリカの高級将校たちがさんざん煽っている。しかし、現時点でどこかと戦争しているわけではない。その中国との貿易を制限するような経済枠組みができるということは、戦争が起きる前から中国を交戦国扱いするようなものであり、IPEF参加国と中国との関係が悪くなることは必定である。

もっとも、GATTのもとで合法的に中国外しをする方法はある。それは中国を入れない自由貿易協定を結ぶことである。自由貿易協定は、それに加わる国にだけ関税を撤廃し、域外のGATT加盟国に対しては撤廃しないので、すべての加盟国に最恵国待遇を与えるというGATTの原則から外れる。しかし、GATT第24条は、自由貿易協定が域外の国に対する貿易障壁を締結以前より高めないこと、協定の加盟国の間では実質的にすべての貿易について関税やその他の貿易制限を撤廃することを条件として自由貿易協定を結ぶことを認めている。

つまり、IPEFがもし自由貿易協定になるのであればGATT違反にはならない。実際、アメリカがオバマ政権時代に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を推進したのは、GATTと整合的な中国外しの枠組みを作るためだった。ところがトランプ政権時代にそのTPPからアメリカが自分から抜けてしまった。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story