コラム

イスラエルはいかにして世界屈指の技術大国になったか

2017年04月27日(木)18時25分

テルアビブ大学で開かれた国際会議サイバーウィークの会場入口に置かれた「サイバーホース」。ウイルスに感染したコンピューターや携帯電話の部品で造られている Amir Cohen-REUTERS

<「ハイテク技術に優れた国づくり」を行っているイスラエル。国家としての競争戦略を孫子の兵法を基にしたフレームワークを使って読み解く>

イスラエルと聞くと日本ではどのようなイメージをもつだろうか。中東の国、ユダヤ人やユダヤ教の国、戒律が厳しく排他的な国、パレスチナ問題......。おそらくこういったイメージをもつ人が多いのではないだろうか。

筆者は、3月25日から1週間の日程で、イスラエル国費招聘リーダーシッププログラムの団長として、日本の大手企業の若手幹部とIT分野を中心とする若手起業家12名とともにイスラエルを訪問した。

このプログラムは、イスラエルが3年間の計画で国家予算を組んで主要国から若手リーダーを招聘し、同国の政府機関、研究機関、大学、民間企業などを訪問・懇談、経済交流を推進していく目的のものである。日本でも過去に、若手官僚、若手国会議員、若手ジャーナリスト等をメンバーとする派遣団が組成されている。

国土の面積は日本の四国と同程度、人口では大阪府と同程度の「小国」であるイスラエル。そこで実際に見聞し、目の当たりにしたのは、小国ならではの競争戦略と、意外なほどの多様性をもつイスラエルの姿であった。

近年、AI、IoT、自動運転、サイバーセキュリティーなどの「メガテック」分野において、イスラエルは米国をも凌駕する勢いの「技術大国」に成長している。世界的な視野で見た場合にも最も戦略的な行動が求められる国家の1つであるイスラエルの競争戦略について、国家としての戦略論や競争優位の視点から考察していきたい。

国家としてのイスラエルの競争戦略

戦略論や戦略分析の対象には、人、組織や企業、社会、国家などがある。戦略という言葉のなかに「戦」が含まれていることが示唆しているように、現代の戦略論も元々は戦争における戦略論から発展してきた側面をもっている。また戦略という言葉のなかに「略」が含まれていることが示唆しているように、戦略とは「絞り込み略すること」にその本質がある。

図表1の「5ファクターフレームワーク」は、筆者が国家や多国籍企業、さらには上場企業の戦略分析や戦略策定に使っているものである。このフレームワークは、中国の古典的な戦略論であり、現代においても軍事戦略や企業戦略の参考にされている孫子の兵法における五事をモチーフにしている。

五事とは、道、天、地、将、法であり、国家経営を行う上で最も重要な5つの項目とされている。すなわち、図表1のフレームワークは、孫子の兵法の五事を現代の戦略論のフレームワークに置き換え、より詳細で実践的な戦略分析と戦略策定を行うツールとしたものである。

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【道】国としての目標を記すグランドデザイン

「道」とは、国としてどのように在るべきなのかというグランドデザインや、どのような国にしたいのかという目標のことである。それらをさらに詳細なものに落とし込んでいくと、国としてのミッション、ビジョン、バリュー、戦略となっていく。

イスラエルはハイテク技術に優れた国づくりを行うことが国としての競争力を多面的に高めていくことにつながるというグランドデザインを描き、実際にも1990年代以降、その創造的な技術開発力により急速な発展を遂げてきている。

ユダヤ人の離散と迫害の歴史のなかで建国されたイスラエルにおいては、国の存在意義となるミッションには壮大で崇高なものがある。ユダヤ人の国家としてのイスラエルを守り続けていくこと、そのなかで周辺諸国との和平を実現していくこと、そしてハイテク技術に優れた国家として「世界をよりよい場所にすること」に貢献することなどがあるという。

今回の1週間の渡航においては、政府高官から科学者、起業家に至るまで、3つ目の「世界をよりよい場所にすること」という表現を多くの機会で耳にすることができたのが印象的だった。イスラエルの起業家は、「世界をよりよい場所にすること」を事業上のミッションに掲げることも少なくないようだ。

【参考記事】インテルがイスラエルの「自動運転」企業を買収する理由

プロフィール

田中道昭

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など著書多数。

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