ニュース速報
ワールド

アングル:メキシコ「麻薬王」拘束作戦の立役者、家族と離れて要塞暮らし

2026年03月08日(日)08時02分

メキシコ市で記者会見に臨むオマル・ガルシア・アルフシュ治安・市民保護相。1月11日撮影。REUTERS/Quetzalli Nicte-Ha/File Photo

Emily Green

[メ‌キシコ市 5日 ロイター] - メキシコの「麻薬王」が死亡した作戦を率いた治安部門トップ‌は、昼夜を問わず要塞化されたオフィスビルで生活している。治安・市民保護省の施設内には彼のために造​られた1ベッドルームの住居があり、そこには寝室、ジム、キッチン、25人が座れる会議室が備わっている。幹線道路沿いに建つこの近代的複合施設を訪れたことのある政府高官によれば、居間にいると施設内の射撃⁠場から銃声が響くこともあるという。そして机の上には大​統領との直通電話が置かれている。

オマル・ガルシア・アルフシュ治安・市民保護相(44)は2020年以降ずっとこうした生活を送っている。この年にアルフシュ氏は装甲仕様の車で通勤する途中でトラックに進路を塞がれ、道路作業員を装った武装集団から400発以上の銃弾を浴びせられた。アルフシュ氏自身も応戦し、3発の銃弾を浴びながらも生還したが、護衛2人と通行人1人が死亡した。

アルフシュ氏は、この事件はメキシコ最大級で最も残虐とされる犯罪組織「ハリスコ新世代カルテル(CJNG)」のリーダー、ネメシオ・オセゲラ(通称エルメンチョ、59)の犯行だと非難していた。⁠それだけに、事件から6年後にオセゲラ容疑者を追い詰めたことは、護衛を失ったアルフシュ氏にとって非常に個人的な意味を持つ出来事だったと友人らは話す。

アルフシュ氏本人は取材へのコメントを拒否しており、本記事の内容は、友人や同僚、治安専門家ら十数人への取材に基づいている。

アルフ⁠シュ氏に近い​関係者によると、エルメンチョが死亡したからといってアルフシュ氏が警戒を緩めることはまずないという。一方、「麻薬王」が死亡したことでアルフシュ氏の存在感は一気に高まった。対カルテル強硬路線を主導した功績が評価され、30年に任期が終わるシェインバウム大統領の最有力後継候補に早くも浮上している。

シンクタンク「メヒコ・エバルア」の治安専門家アルマンド・バルガス氏は「今最も有力な大統領候補はアルフシュ氏だ。彼こそが新しい治安戦略の最も存在感のあるリーダーだ」と述べた。

しかしオセゲラ容疑者殺害という強硬路線はリスクも伴う。容疑者の死後、国内各地で暴力が急拡大し、国家警備隊の隊員25人が死亡した。今後、カルテル同士の抗争激化がさらなる流血を招く恐れもある。

<大統領からの厚い信頼>

アルフシュ氏が頭角を現したのは、シ⁠ェインバウム大統領がメキシコ市長を務めていた時期にさかのぼる。当時シェインバウム氏の治安戦略を助言していたロドリゴ・‌カナレス氏によると、シェインバウム氏が市長に就任した当初、警察幹部に汚職疑惑が持ち上がる難しい局面で、アルフシュ氏はシェインバウム氏を支えたという。

シェ⁠インバウム氏は2019年⁠にメキシコ市警トップを資金洗浄疑惑で更迭し、後任としてアルフシュ氏を抜擢した。

アルフシュ氏は市警トップ就任から1年も経たないうちにハリスコカルテルの構成員から襲撃され、その後は自宅を出て市警本部に移り住んだ。元々限られていた側近へのアクセスはさらに厳しくなり、子どもたちとも短い時間しか会えないという。「以前はレストランに行ったり、友人と会ったり、同僚の誕生日に顔を出すこともできたが、今ではほぼ生活の90%を警察施設内で過ごしている」と、20年来の友人は話す。

<治安の血筋>

アルフシュ氏はメキシコの有力な治安一家の出身だ。祖父は1960年代に国防相を務めた。父は1970年代に連邦治‌安機関のトップを務めた元上院議員で、大統領候補にも名が挙がったことがある。

警察と軍の両方を背景に持つ経歴はメキシコでは珍しく、高度に軍事​化されたメキシコ‌の治安体制を率いる上でアルフシュ氏は特異な立場に⁠あると、元同僚は証言した。

しかしその血筋ゆえに、与党・国家再生運動(MORENA)の​一部左派から警戒の目も向けられている。祖父も父も、社会運動への弾圧を伴う軍・治安部隊を率いた過去があるからだ。

アルフシュ氏自身も14年にアヨツィナパ教員学校の学生43人が失踪した事件との関わりを指摘されている。22年の真相究明委員会報告書によると、当時はまだ中堅だったアルフシュ氏は、当局が治安部隊の関与を覆い隠す説明をまとめた会合に出席していた。アルフシュ氏は不正を否定し、「失踪した学生の捜索の調整のために出席した」と説明している。

また米国にとってアルフシュ氏は、麻薬カルテル対策でメキシコと前例のない協力体制を築く上で中心的存在でもある。米麻薬取締局(DEA)元幹部デレク・マルツ氏‌は、メキシコから米国へのカルテル幹部引き渡しが進み、さらにはオセゲラ容疑者が殺害されたことに、「本当に驚いている」と話した。

<作戦の詳細>

オセゲラ容疑者拘束作戦が急展開したのは昨年11月。ハリスコカルテルが、アルフシュ氏の捜査官2人をザポパンで拉致したことがきっかけだと、メキシコ高官は明​かす。軍は容疑者の自宅を急襲。取り調べから得た情報がエルメンチョ包囲網を狭める手がか⁠りとなった。

突破口となったのは、当局がオセゲラ容疑者の複数の恋人の1人の動きを追い、女性が向かった別荘に辿り着いたことだったと、リカルド・トレビジャ・トレホ国防相は語った。ロイターによると、米軍主導の新設の特殊部隊がその正確な位置を特定した。

しかし政府高官によると、容疑者の致命的な失策は恋愛関係ではなく、彼がその女性との間の子どもたちに会​いたがったことだった。女性と子どもたちが外出した直後、メキシコ軍が突入。銃撃戦の末、オセゲラ容疑者は負傷し、病院に搬送されるヘリコプターの中で死亡した。容疑者の護衛8人も死亡し、治安側は兵士2人が作戦中に命を落としたほか、2人が負傷後に死亡した。

アルフシュ氏のもとには、防弾ベストを着たまま撮られたオセゲラ容疑者の遺体の画像が、確認として送られたという。アルフシュ氏の友人で保健省高官のエドゥアルド・クラーク氏によると、容疑者が死亡した翌朝の電話でアルフシュ氏は「これでようやく肩の荷が下りた」と語ったという。

ロイター
Copyright (C) 2026 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

仏大統領、6月G7サミット後にトランプ氏を夕食会に

ワールド

レバノンは食料安保の危機と国連、イスラエル攻撃の南

ワールド

米EU 、 重要鉱物確保で合意間近と報道 中国支配

ワールド

台湾3月輸出額、初の800億ドル突破 AI関連需要
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡散──深まる謎
  • 4
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 5
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 6
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 7
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 8
    戸建てシフトで激変する住宅市場
  • 9
    高学力の男女で見ても、日本の男女の年収格差は世界…
  • 10
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 6
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 7
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 8
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 9
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 10
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中