コラム

インテルがイスラエルの「自動運転」企業を買収する理由

2017年04月11日(火)12時06分

イスラエルの運転支援システム会社モービルアイの製品(エルサレムにて) Baz Ratner-REUTERS

<イスラエルの運転支援システム会社モービルアイを1.7兆円で買収すると発表したインテル。ただの買収ではなく、同社の自動運転事業の拠点をイスラエルに移すという。いま、イスラエルは自動運転の世界的なR&D基地となっている>

3月13日、米国の半導体メーカーであるインテルがイスラエルの運転支援システム会社であるモービルアイを買収することで合意したと発表した。モービルアイの1株63.54ドルを現金で支払い、買収総額は約153億ドル(約1.7兆円)にも上る。

この買収総額はインテルの時価総額約1700億ドルの概ね1割に当たるものだ。米国の主要自動車メーカーの時価総額(4月10日終値)はテスラ509億ドル、GM 508億ドル、フォード439億ドルとなっているが、これらと比較してもモービルアイが単なる自動車部品メーカーではないことがわかるだろう。

さらに注目されるのは、買収の発表と同時に、インテルがモービルアイの共同創業者兼会長であり同社CTOでもあるアムノン・シャシュア氏をインテル全体の自動運転事業の責任者に任命し、インテルの同事業本部の拠点をイスラエルに移すと発表したことである。

つまりは、買収するインテルの組織に買収されるモービルアイを統合するのではなく、イスラエルに本拠を置くモービルアイにインテルの自動運転事業部門を統合するという組織形態となる。

筆者は、この買収が発表された12日後の3月25日から1週間の日程で、イスラエル国費招聘リーダーシッププログラムの団長として、日本の大手企業の若手幹部とIT分野を中心とする若手起業家12名とともにイスラエルを訪問した。

本稿では、自動運転におけるインテルの戦略や同分野におけるモービルアイの競争優位を分析するとともに、統合後の組織が本拠とするイスラエルの競争優位についても論考していきたい。

インテルが自動運転分野のリーディングカンパニーに

「インテル入ってる」のCMやパソコンのCPUでおなじみだったインテルは、近年株価も伸び悩み、売上の伸びも鈍化している。同社では、パソコン全盛期においてはマイクロソフトのウィンドウズとの"ウィンテル連合"により市場を支配した一方で、次のプラットフォームとなったスマートフォンでは米国クアルコムやソフトバンクが買収した英国アームなどに惨敗した。

【参考記事】創業者たちの不仲が、世界で最も重要な会社をつくり上げた

このようななかでインテルは、データセンター、フラッシュメモリー、IoTなどを重要な事業領域と定義し、特にIoTでは自動運転事業に照準を定めている。2015年6月には米国の半導体メーカーであるアルテラを167億ドルで買収。昨年7月にはBMWと今回買収を発表したモービルアイとの3社にて、2021年までに共同開発した自動運転システム搭載の自動車を量産する計画を発表している。

今回モービルアイを買収するに際して自動運転事業の本拠地を移すことになったイスラエルには、グーグル、アップル、マイクロソフトを始め、IT企業を中心に多くの米国企業がR&D拠点を設けている。もっとも、インテルはすでに1974年から同国に開発拠点を置いており先駆け的な存在として長い歴史をもっている。

インテルがモービルアイと自動運転の分野で経営統合することで、一躍同分野でのリーディングカンパニーとして成長するとの見方は多い。インテルは今回の買収で、モービルアイがもつ技術・人材・データ・取引先ネットワークなどを獲得することになる。開発意欲や成長余力が大きいモービルアイも同時に、インテルの資金力・技術・人材などを活用していける意義は極めて大きいものと考えられる。

プロフィール

田中道昭

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story