コラム

彼女は誰よりも私に密着した 映画『選挙に出たい』に映らなかった場面

2018年11月30日(金)18時00分

「あんたも中国人か?」にひるむことはなかった

一番印象に残っているのは、私の後援会の集会での場面だ。ある政治家があいさつしていた時、彼女を「いつまで撮影しているんだ!」と怒鳴りつけた。政治家は時に記録に残ると困る微妙な表現で選挙の戦い方を説くことがあるからだ。この時もケイヒ監督は決して泣くことなどなく、その後も私の取材を続けた。映画にも出てくるが、私をののしった日本人有権者に「あんたも中国人か?」と詰め寄られても、決してひるむことはなかった。

メディア人として本当に潔癖な人でもあった。私は元・中国人らしく他人にごちそうするのが大好きなのだが(選挙期間中はもちろんやりません!)、彼女は取材中、一度も私から飲み物や食事をおごられることがなかった。コーヒー代はもちろん、私の食事に同行することも多かったのだが、一度も私に支払いをさせなかった。

私がいないところで私の取材もたくさんしていた。詳しくは映画をご覧いただきたいが、私をあからさまに批判する日本人の言葉を取材しても、彼女はそれを私に伝えなかった。あの強烈な罵詈雑言を選挙期間中に聞いていたら、きっと私は落ち込んでいた。

彼女だけが撮れたスクープ映像

彼女の観察力を物語るエピソードもある。選挙カーを使わずずっと自転車に乗っていた私はある時、ズボンのお尻の部分が破れているのに気が付いた。立って演説している間、ずっと微妙な感じでお尻を押さえている私に気付いたのはケイヒ監督だけ。女性ならではの細やかさゆえだと思うが、おかげで彼女だけが「スクープ映像」を手に入れることができた。

選挙が終わり、そこから編集作業に入ったが、完成するまでに1年半もかかった。中国では広州、寧夏回族自治区、北京の各映画祭に出品。台湾、マカオの映画祭でも作品は上映され、台湾では惜しくも有名な金馬奨で入選一歩手前まで行った。昨年秋の山形国際ドキュメンタリー映画祭で立ち見が出る人気になり、ようやく日本で公開されることになった。

選挙戦で行き詰まると、よく彼女と中国語で会話した。日本での生活は私の方が長いが、日本の大学で学び、日本のドキュメンタリー制作会社で働いた彼女に見えるものもある。ケイヒ監督は私が泣いた場面を3つも撮影したが、歌舞伎町案内人の涙をこれほど見た人物はほかにいない。妻たちの前でもこんなに泣いたことはないのだから。

ご覧の通り、ケイヒ監督は美人女性監督だ。ややぽっちゃり型で私のタイプでもある(笑)。しかし私はいま、そういった関係を超えて1人の人間として彼女を尊敬している。彼女の忍耐力が、この「選挙に出たい」を完成させたのは間違いない。

忍耐力のあるケイヒ監督が「選挙に出たい2」を撮影したいかどうかは分からないが(笑)。

『選挙に出たい』
東中野ポレポレにて12月1日よりロードショー
監督・撮影・編集:邢菲(ケイヒ)
配給:きろくびと
2016年/中国・日本/78分

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

情報BOX:トランプ氏主張の政策金利1%、なぜ「危

ワールド

インドの6月インフレ率、6年超ぶり低い伸び 食品価

ワールド

イスラエル超正統派が連立離脱、徴兵法案巡り 過半数

ワールド

米政府機関、人員削減計画を縮小 大量の職員流出受け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 2
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 7
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 10
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story