コラム

「危ない人」は無理でも「危ない場所」なら対策できる──地域安全マップで身に付く防犯知識

2022年09月06日(火)06時00分
地域安全

「危ない人」は見ただけでは分からないが、「危ない場所」なら探すことができる(写真はイメージです) Asobinin-iStock

<学生の実習用教材として考案された地域安全マップが、防犯対策のスタンダードとして定着するまで>

筆者が考案した「地域安全マップ」は、今年20歳を迎える。2002年9月9日、広島県三原市で実施されたプロジェクトが、地域安全マップづくりの第1号だった。

地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を風景写真を使って解説した地図である。具体的に言えば、(だれもが/犯人も)「入りやすい場所」と(だれからも/犯行が)「見えにくい場所」を洗い出したものが地域安全マップだ(写真)。

komiya220906_map.jpg

筆者撮影

1970年代から80年代にかけて欧米諸国で起きた「事後(刑罰)から事前(予防)へ」「人から場所へ」というパラダイムシフト(発想の転換)を、日本でも起こしたく開発したのが地域安全マップである。

欧米諸国では、それまで、「人」が抱える原因に注目する「犯罪原因論」が主流だった。そのため、ロボトミー(脳の前頭葉を切除する)手術が流行し、その考案者であるリスボン大学のエガス・モニスにノーベル賞が贈られる始末だった。しかし、「場所」を対象とする「犯罪機会論」が新興し、防犯対策の主役の座を奪い取ったのである。

同様に日本でも、動機や性格など、予防につながらない議論に終始する「犯罪原因論」の呪縛を解き、処方箋を書ける「犯罪機会論」を普及させたかった。そのため、見ただけでは分からない「危ない人」を探すのではなく、見ただけで分かる「危ない場所」を探す地域安全マップを考え出したのである。

もっとも、正直に言うなら、最初からこうした崇高な理念があったわけではない。ゲームチェンジャーを目指したというのは後付けである。つまり、地域安全マップの発明は偶然の産物だった。

大学生の実習用教材からスタート

最初の地域安全マップづくりは、三原市で立正大学文学部社会学科の必修科目「社会調査実習」として、大学3年生31名によって行われた。

立正大学の「社会調査実習」では、従来、アンケート調査が一般的であり、私の実習クラスでも、前年の01年には、高校を訪問し、生徒を対象にアンケートを行っていた。しかし、その調査は、犯罪機会論が反映された調査ではなかった。アンケート調査では犯罪機会論を前面に出せないことも明らかになった。

実習クラスの学生は、講義を通して、犯罪機会論をせっかく学んでいるのだから、学生が主体的に取り組む実習でも、犯罪機会論を実践させたいと思っていた。そこで思いついたのが、地域安全マップである。学生は、どのような特徴がある場所で犯罪が起きやすいのかを学んでいたので、今度は、自分自身の力で、そのような場所を発見させようと考えたのだ。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官

ビジネス

円安、物価上昇通じて賃金に波及するリスクに警戒感=

ビジネス

ユーロ圏銀行融資、3月も低調 家計向けは10年ぶり

ビジネス

英アングロ、BHPの買収提案拒否 「事業価値を過小
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story