コラム

ブレグジット期限だったのに何も決まらず!──イギリス政治に何が起こっているのか?

2019年03月29日(金)14時30分

「国民の声=民主主義の発露」は無視できない

これまでの動議と採決結果を見ただけではわかりにくいが、英政界には暗黙の了解事項がある。「国民投票で決定された、離脱という決定に反対する姿勢を取らないこと」である。離脱は「国民の声」であり、民主主義社会の英国では、これを無視することはできない。

2016年の国民投票はその結果に法律的拘束力がなく、「xx%」以上の支持があった側を「勝利者」とするという取り決めはなかった。そこで、総選挙時のように、1票でも多く得票したほうを勝ちとする小選挙区制の手法を採用し、結果は51.9%(離脱派)対48.1%(残留派)という僅差であったけれども「離脱側の勝利」となった。ここから離脱実行が英国政界の当然の任務となり、国民もこれを期待した。

英国の外にいる人からすれば、海を隔てた隣国となるEU諸国との縁を切ることにどんな利点があるのかといぶかしく思うに違いない。過去46年間にわたる司法、通商、安全保障、運輸、雇用などありとあらゆる範囲での協力体制に一線を画すことによって、経済及び社会的に大きな打撃が発生するのではないか、と。国際政治の面から言っても、「英国第1主義」は内向きの発想である。「孤立する英国」と評されても仕方ない。

離脱をすれば経済的に大きなダメージがあるだろうことは、国際通貨基金(IMF)も、イングランド中銀も指摘してきた。それでも、「国民が離脱を選択した」という事実は大きい。

英政界は離脱することを前提として動いており、「離脱による損害をいかに最少のものにするか」に力がそそがれている。

それにしても、なぜ議会内の意見がバラバラなのか。

まず、全体像を見てみよう。

離脱が決定したものの、下院議員の大部分は残留支持派だった。特に残留支持度が高い労働党議員の中には、自分の選挙区(例えばイングランド地方北部)は離脱を選んだのに、自分は残留支持という「ねじれ現象」が多々発生した。残留派議員は良心の呵責(離脱によって有権者の生活が悪化するかもしれないことを知りながら、離脱を実行する自分に対する呵責)にかられることになった。

「離脱という国民の選択を実行する」ことが了解事項であるから、2015年5月の総選挙では、80%以上の政党が離脱実行を公約に入れた。2大政党制の英国で、保守党と労働党が同時に離脱実行を確約したことで、残留に票を投じた人は選択肢を奪われた。

プロフィール

小林恭子

在英ジャーナリスト。英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。『英国公文書の世界史──一次資料の宝石箱』、『フィナンシャル・タイムズの実力』、『英国メディア史』。共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数
Twitter: @ginkokobayashi、Facebook https://www.facebook.com/ginko.kobayashi.5

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 7
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 8
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story