コラム

「安倍元首相国葬」こそが分断を乗り越える出発点

2022年09月28日(水)17時30分

安倍元首相の国葬で一般献花会場の列に並ぶ人たち(9月27日)Issei Kato-REUTERS

<安倍晋三元首相の国葬は日本国民の間で大きく賛否が分かれた。しかし同時に、今回の「国民的共通経験」を基盤に、今後どのような形で国民の弔意を表すのが良いのかという議論の出発点も得た>

安倍晋三元首相の国葬儀が9月27日午後2時から日本武道館で行われた。そのすぐ近くにある九段坂公園では、一般向けの献花台が設けられ、多くの人々が献花に訪れた。

私も午前10時過ぎから千代田区隼町の国立劇場手前近くまで伸びようとする長蛇の列に加わった。周りの人々の半分ぐらいは喪服や黒ネクタイ姿で、今朝新幹線で着いたと話す人々や、大使館関係者だろうか外国人の集団も見受けられた。

今回の国葬は1967年の吉田茂国葬以来55年ぶりである。「国葬令(1947年失効)に代わる実体的な根拠法がなく、安倍元首相の業績評価も定まらぬ中で国会審議を経ずに閣議決定され、高額費用が予備費から支出されること」などに批判が相次いだ。直近のNHK世論調査では、国葬を「評価する」が32%、「評価しない」が57%だった。

ところが蓋を開けてみれば、数え切れないくらい多くの人々が一般献花の列に並んでいた。「動員」とは無縁の自発的弔意だ。九段坂公園の献花台に着いたのは正午前だったが、そこは少しばかり雑然としていた。しかし、献花しようとする人々は一顧だにしないで整然と並び、弔花を手向けていた。涙を流していた人も目についた。元首相の死を真摯に弔う国民の姿がそこにあった。

日本武道館での国葬には海外から、アメリカのハリス副大統領、オーストラリアのアルバニージー首相、インドのモディ首相等が参列した。安倍元首相が提唱したFOIP(自由で開かれたインド太平洋構想)を具現化するQUAD(日米豪印戦略対話)の当事者たちだ。わが国と包括的経済連携協定(EPA)と戦略的パートナーシップ協定(SPA)を結んだ英国からは、メイ元首相が参列した。

これらの国の共通点は「国葬」(state funeral)という制度を持ち運用していることだ。例えば米国はジョージ・H・W・ブッシュ(父ブッシュ)元大統領(2018年)、オーストラリアはAPECを提唱したボブ・ホーク元首相(2019年)、インドはインディラ・ガンジー首相(1984年暗殺)、英国はウィンストン・チャーチル元首相(1965年)の死を国葬という形で悼んでいる。王室の有無等の点で違いはあるが、一つの時代を代表するような顕著な役割を果たした政治家に対して「国」として哀悼の意を表明し、「国民」が死を弔う。

今回の国葬決定プロセスは、吉田茂国葬時に佐藤栄作首相が心を砕いたような「野党の合意」を獲得する国対政治が実質的に不在であり、「独断専行の閣議決定だけで実施を決定した」という拙速感を国民の多くが感じたことは否めない(この独断的拙速感は今後の憲法改正論議において岸田政権の足を引っ張る可能性がある)。「何のために国葬を行うのか」「安倍元首相が時代の何を代表し象徴しているのか」という基本的な点について、臨時国会などで議論を尽くして国民的な共通理解を得る努力は、残念ながら充分とは言えなかった。

国民の間にある弔意は様々であり、その上で、どのようにして国民の弔意を包摂して具体化するのかという議論を行うこと自体が重要だ。「国葬」という形にするのか、「内閣葬」(実際には与党との合同葬)にとどめるのか、その意味合いは異なる。「国」として葬儀を行うことと、時の政権(=内閣)・与党が葬儀を行うということは、規模の大小や費用負担の問題というより、その政治的包摂性の含意が異なる。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=下落、ダウ249ドル安 トランプ関税

ワールド

トランプ氏、シカゴへの州兵派遣「権限ある」 知事は

ビジネス

NY外為市場=円と英ポンドに売り、財政懸念背景

ワールド

米軍、カリブ海でベネズエラ船を攻撃 違法薬物積載=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story