コラム

「嫌韓」保守政治と「反日」旧統一教会の併存を生んだ日本政治の弛緩

2022年09月07日(水)18時50分

2010年代後半、国の内外でQアノンやトランプ主義と呼ばれる陰謀論を含めた保守系ポピュリズムの言説が席巻し、日本では憲政史上最長となる安倍政権下で、岸・安倍家3代にわたる旧統一教会との関係への「忖度」が浸透。その一方で、戦後最悪とも言われるほど日韓関係は悪化し、竹島問題やGSOMIA(秘密情報保護協定)破棄などをめぐって日本での嫌韓世論はピークに達する。

にもかかわらず「エバ国家日本はアダム国家韓国に贖罪するべし」とする教義で日本信者からの金銭収奪を正当化していた旧統一教会が、ほかならぬ「戦後保守政治の最高峰」としての安倍政権下で政治への侵食を続けていた──。

北朝鮮とのパイプを持つ統一教会を拉致問題解決のために利用する意図があったとしても、容易には理解し難いねじれ現象である。

保守政治の「嫌韓」と旧統一教会の「反日」思想が矛盾することなく並存したのは、おそらく「イデオロギー」が現在の日本政治の要を実際には占めてはいないからだ。一強多弱の政治状況の下で野党の弱体化は際立ち、国の将来を憲法理念から問う国政論議は衰退する。

嫌韓姿勢が岩盤支持層と共鳴したこともあって安倍政権は国政選挙に連勝。長期政権の存続が、政治が本来備えるべき政教分離の緊張感や、政治原理を侵食するカルトへの警戒感を溶解させたのだ。

山上徹也がいら立ちを募らせたのはそうした政治の弛緩であり、天宙平和連合のイベントにビデオを寄せた安倍元首相の「鷹揚(おうよう)と融通無碍(ゆうずうむげ)」だったのかもしれない。そうだとすれば、山上の思考回路にあるのは論理の飛躍ではない。カルトと政治の結節点を強襲する銃弾の恐怖で旧統一教会が野放図に享受する「弛緩した政治回路」を反転させ、教団を一挙に「社会の敵」に突き落とす論理がそこにはある。

2019年に来日した韓鶴子の襲撃を断念した山上は、第三者である安倍元首相を犠牲にすることで「正義とサタン」の構図を暗転させる意趣返しを行ったのだ。

「一般人の基準」から見て疑念

「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」(20条)。日本国憲法は信教の自由を保障するとともに「公金支出の禁止」(89条)を含む厳格な政教分離を採用している。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米上院議員が戦争権限決議案、トランプ氏のイラン軍事

ビジネス

NTTドコモ、 CARTAHDにTOB 親会社の電

ビジネス

パリ航空ショー、一部イスラエル企業に閉鎖命令 イス

ワールド

アングル:欧州で増加する学校の銃乱射事件、「米国特
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story