コラム

史上3人目の英女性首相、見当違いの「減税策」が招くインフレと債務のブラックホール

2022年09月06日(火)18時07分
リズ・トラス英新首相

勝利演説をするリズ・トラス外相(9月5日、筆者撮影)

<英トラス新首相の恒久減税策は、対立候補からは「おとぎ話」と批判され、専門家も「政府は財政の拡大あるいは縮小のタイミングを常に間違える」と指摘する>

[ロンドン発]次の英首相を決める与党・保守党党首選の結果が5日発表され、ボリス・ジョンソン首相の支持層を受け継いだリズ・トラス外相(47)が、ジョンソン氏に反旗を翻したリシ・スナク前財務相(42)を大差で退けた。女性首相は英国史上3人目。6日、トラス氏はスコットランド・バルモラル城でエリザベス女王に謁見し、組閣の命を受ける。

決選投票の結果、トラス氏は8万1326票、スナク氏が6万399票。有権者4884万人超のわずか0.17%にも満たない保守党党員に支持されただけで、国連安全保障理事会常任理事国で核保有国、先進7カ国(G7)の政治指導者が決められる。2カ月近くかけ下院議員投票、党員投票が行われたとは言え、総選挙を経ずに首相を決めるプロセスの欠陥が透けて見える。

北アイルランドの通関問題が片付かない欧州連合(EU)離脱、死者20万3000人超を出したコロナ危機、エネルギー価格の暴騰とインフレ高進、長期化するウクライナ戦争、異常気象...。トラス氏に首相就任100日間の「ハネムーン期間」は与えられない。9回裏ノーアウト満塁の大ピンチでマウンドに上がる救援投手には1球のミスも許されないはずなのだが...。

保守党員の高齢富裕層やジョンソン支持層の歓心を買うためトラス氏は、対立候補のスナク氏に「私たちは正直でなければならない。インフレから抜け出すための借金は計画ではなく、おとぎ話だ」と批判された恒久減税策をぶち上げた。トラス氏は歳出削減や財源なしに減税を実行することで「小さな政府」を実現できるという幻想をまき散らした。

トラス氏「減税と経済成長の大胆な計画を実行する」

トラス氏は当選が発表された5日「ジョンソン首相はEU離脱をやり遂げ、ジェレミー・コービン(最大野党・労働党前党首)を粉砕した。コロナワクチン接種を展開し、(ウクライナに侵攻した)ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に立ち向かった。キーウから英イングランド北部カーライル(EU離脱を支持した地域)で称賛されている」と持ち上げた。

「保守党の信念は自由、自分の人生をコントロールする能力、低税率、個人の責任だ。減税と経済成長の大胆な計画を実行する。エネルギー危機を克服し、エネルギー料金に対処するとともに、エネルギー供給の長期的問題にも取り組む。(原則無償の)国民医療サービス(NHS)も向上させる」と訴えた。しかし、果たしてそれは可能なのか。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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