コラム

史上3人目の英女性首相、見当違いの「減税策」が招くインフレと債務のブラックホール

2022年09月06日(火)18時07分

英国の一般家庭の光熱費(上限)は4月に年1277ポンド(約20万6600円)から1971ポンド(約31万8900円)に引き上げられ、10月から3549ポンド(約57万4200円)に値上げされる。ロシアのパイプライン停止で天然ガス価格が30%高騰し、ポンドが下落する。トラス氏は光熱費を凍結するとみられているが、1000億ポンド(約16兆1800億円)が要る。

英紙ガーディアンによると、恒久減税として1.25%の国民保険料引き上げと税率を19%から25%に上げる法人税引き上げを撤回(320億ポンド)、光熱費にかかるグリーン課税を一時停止(110億ポンド)、結婚減税(67億ポンド)。さらに国防費の国内総生産(GDP)比3%への引き上げ(100億ポンド)。年間で総額597億ポンド(約9兆6600億円)の歳出削減か、財源が必要になる。

「荒唐無稽なトラスノミクス」

英政府の歳出は9000億ポンド台からコロナ危機で一時1兆1000億ポンド台に膨らみ、現在は1兆ポンド台で落ち着いている。エネルギー危機を克服し、トラス氏の恒久減税を実行するにはコロナ危機時を上回る財政措置が求められる。減税が経済成長をもたらし、税収を増やすという「ブードゥー経済学」を妄信するトラス氏は歳出削減については沈黙を守る。

米欧中銀の利上げに合わせて各国国債利回りが上昇する中、英国の10年国債利回りは8月1日の1.8%から2.9%超にハネ上がった。英通貨ポンドは対ドルで1ポンド=1.22ドルから1.14ドルに急落した。37年ぶりのポンド安で、食料品や日用品価格にさらに余分な輸入コストが上乗せされる。財政赤字が膨らめば、インフレが高進するのは避けられない。

労働党のブラウン政権で内閣府首席エコノミストを務めた英大学キングス・カレッジ・ロンドンのジョナサン・ポルテス教授は「恒久減税やエネルギー危機に対処するための財源は当面、すべて借金で賄われる。トラスノミクスは、財政赤字は全く問題ではないと唱える現代貨幣理論(MMT)に行き着く」と指摘する。

220906kmr_ctp02.JPG

恒久減税を唱えるトラス氏(同)

2008年の世界金融危機以来、日米欧中銀は異次元の量的緩和に踏み切り、低金利時代に突入した。しかしコロナ危機による供給制約と復興による需要回復、ウクライナ戦争や台湾問題がもたらすエネルギー価格の高騰とサプライチェーンの分断で、世界中がインフレの津波にのみ込まれ、日銀を除き、米欧中銀は一斉に利上げに踏み切った。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、重要鉱物価格の下限設定制度を構築へ=副大統領

ビジネス

米1月ADP民間雇用、2.2万人増 市場予想下回る

ワールド

中ロ首脳会談、緊密な関係称賛 プーチン氏に訪中招請

ビジネス

米TI、半導体設計会社シリコン・ラボラトリーズ買収
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?
  • 4
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 5
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 6
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流してい…
  • 7
    地球の近くで「第2の地球」が発見されたかも! その…
  • 8
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 9
    最長45日も潜伏か...世界が警戒する「ニパウイルス」…
  • 10
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 5
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 6
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 7
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 8
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 9
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 10
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story