コラム

富士通の会計システムが引き起こした英史上最大の冤罪事件 英政府が負担する1570億円の肩代わり求める声も

2022年02月17日(木)07時18分

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マージョリー ・ロレーヌ・ウィリアムズさん(筆者撮影)

11年2月には、不足額は2千~3千ポンド(31万~47万円)に達した。いったい何が原因で口座より現金が少なくなるのか見当もつかなかった。翌3月、不足額は倍に膨れ上がっていた。その年の6月、監査が入り、1万4633ポンド(約230万円)の不足が指摘され、支払いを求められた。

ウィリアムズさんが支払いを拒否すると準郵便局長の契約は打ち切られ、窃盗と不正会計の罪で起訴された。トーマスさんと同じように司法取引を持ちかけられ、ウィリアムズさんは刑務所に入るのを避けるため、12年2月に不正会計の罪を認めた。

判決の当日、投獄されることを心配して夫と娘に手紙を書いた。禁錮52週間(執行猶予18月)の有罪判決が言い渡された。12カ月間、保護観察がつき、200時間のボランティアと起訴費用600ポンド(約9万4千円)の支払いを命じられた。娘は学校でいじめられ、殴られた。友人を失った娘は自傷行為を行った。

マレーシア出身のバルジット・セティさん(69)は7回の郵便局強盗を撃退したことを振り返りながら「ホライゾンが導入されるまで20年近く自分で帳簿をつけていたが、帳簿が合わないということはなかった。ホライゾンで生じた不足分は自分で支払い、余剰分は懐に入れていいと言われたが、そんなデタラメは私には受け入れられなかった」と涙をこぼした。

ジョセフィン・ハミルトンさん(64)は司法取引で14回も罪を認めなければならなかった。ポストオフィスの監査ではみな一様に「ホライゾンで問題が生じているのはあなただけだ」と説明され、司法取引の条件として「ホライゾンのことは一切口外しない」ことを誓約させられていた。

転機となった集団訴訟の和解

英史上最大の冤罪事件が大きな転機を迎えたのは19年12月。集団訴訟が争われていたロンドン高等裁判所で、ポストオフィスは元準郵便局長555人に対して5800万ポンド(約91億円)を支払うことで和解が成立した。和解金の多くは訴訟費用にあてられ、元準郵便局長が手にしたのは1200万ポンド(約19億円)だった。

裁判官は「ホライゾンは最初の10年間は完璧には程遠く、バグ、エラー、欠陥が含まれており、その後も問題を抱えていた。富士通の従業員が裁判所に提出したホライゾンのバグやエラー、欠陥に関する証拠の信憑性に重大な懸念がある」として裁判資料を検察当局に送付した。

「富士通はこれら無数の問題を適切かつ完全に調査したようには見えない。富士通はそのような事故を正しく分類していなかった。そのため、ソフトウェアに問題があったとの結論から遠のいたようにうかがえる」と裁判官は富士通の責任を厳しく指弾した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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