コラム

今度はディオールの写真を「人種差別」と吊し上げた中国共産党の真意

2021年11月26日(金)13時52分
北京のディオール広告

北京の街に張り出されたディオールの広告。白人モデルは大丈夫だが?(10月19日) Thomas Peter-REUTERS

<ウイグルやチベットの少数民族をさんざん弾圧してきた中国が、本当に陳漫さんやディオールの偏見や人種差別を問題視したと受け取るのはナイーブすぎる。背景には自前の高級ブランドを打ち立てたい国家戦略がある>

[ロンドン発]中国・上海のアートセンターで開かれたフランスの高級ブランド、ディオールの展示会で、一重まぶたで切れ長のつり上がった目をした中国人女性の写真が「中国人に対して西洋人が抱くステレオタイプ」という批判が中国のSNS上でうず巻き、問題の写真は削除され、撮影した中国のファッション写真家は謝罪に追い込まれた。

問題になった写真(右)


一重のはれぼったいまぶた、切れ長、つり上がったキツネのような目をことさら強調する表現は「アジア蔑視」「人種差別」として欧米ではタブーとされる。しかし筆者もよく「ミスター・ミヤジ」(米映画『ベスト・キッド』に出てくる空手家)と声を掛けられる。両手を交互に回し「ワイプ・イン、ワイプ・アウト」とやり返すと、馬鹿受けだ。

昨年、日本国籍を理由にイギリスとアイルランドで毎年最も優れたアルバムに贈られる「マーキュリー賞」の最終候補に選ばれなかったことが大問題になった新進気鋭のシンガー、リナ・サワヤマさん(31)もシングル「STFU!(黙れ!)」で「あんたのファンタジーを私に押し付けている」と人種的な偏見に怒りをぶつけている。


ディオールの写真を撮影した陳漫さんは中国のSNS上で過去の作品『ヤング・パイオニア』について「私の未熟さと無知に責任を感じる」と謝罪したものの、ディオールの写真には触れなかった。『ヤング・パイオニア』ではシースルーの服を着た少女がモデルとして使われ、ネチズンから「児童ポルノ」という批判が殺到していた。

中国共産党の人権意識とは

しかし香港で民主派を弾圧し、新疆ウイグル自治区の少数民族を事実上の「再教育強制収容所」で強制的に同化している中国が本当に陳漫さんやディオールの偏見や差別を問題視したと受け取るのはあまりにナイーブすぎる。そもそも欧米から少数民族への弾圧を糾弾されている中国共産党に人権意識などあるのか。

韓国ドラマ『イカゲーム』(ネットフリックス配信)で女優デビューしたモデルのチョン・ホヨンさんは大ブレークし、フランスの高級ブランド、ルイ・ヴィトンの新たなアンバサダーに就任した。ホヨンさんは西洋風ではなく典型的なアジア顔だが、切れ長のつり上がった「フォックスアイ」が欧米ではいまやトレンドなのだ。


陳漫さんは現代的な美と中国の伝統文化を融合させるのに成功したモダンアートのクリエーターだ。モデルの中国人女性が中国伝統の服装や髪型で装い、ディオールのハンドバックを持っている姿が、西洋に中国がひれ伏した帝国主義時代を連想させたと中国共産党が判断したからだと筆者はみる。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story