コラム

科学の声を無視して経済を回し続けたイギリスの悲劇に菅首相は学べるか【コロナ緊急連載】

2021年01月13日(水)11時35分

経済を回し続けた挙げ句

ジョンソン政権はEU強硬離脱を主導した保守党下院議員に突き上げられ、厳格なコロナ対策より「経済」にこだわり続けた。昨年9月、SAGEが短期間の全国的都市封鎖(サーキットブレーカー)を助言したにもかかわらず、6人までの集まりを認め、地域の感染状況に応じた3段階の規制を導入するにとどまった。

10月、飲食店の午後10時閉店に保守党の42人が下院で反対票を投じた。11月には第2波の急拡大を抑えるためイングランド全土で2度目の都市封鎖に入ったものの、12月に入ると早々と解除した。その代わり新たに導入された3段階の規制が厳しすぎると55人が下院で造反した。

12月、EU離脱後の協定を巡り、難航を極めていた交渉は大詰めを迎えていた。55人も造反されるとEUと合意できても英下院で否決されるというテリーザ・メイ前首相の二の舞を演じてしまう。2度目の都市封鎖を早期解除したのは下院の過半数を確保するためのジョンソン首相の政治的妥協だった。

ワクチンの集団予防接種が始まったものの、12月19日、ジョンソン首相は緊急記者会見を開き、変異株が猛威をふるい始めたロンドンやイングランド南東部、東部で3度目の都市封鎖を宣言した。3家族まで一緒に過ごせるはずだったクリスマスの予定は文字通り、ドタキャンされた。

昨年の超過死亡8万5千人弱

SAGEの助言通りサーキットブレーカーを導入していれば、そして2度目の都市封鎖を継続していれば、1日当たり最悪の死者1325人を出すような惨事は避けられていた。昨年の超過死亡は8万5千人弱。これから何万人死ぬのか。EU離脱という「主権の亡霊」に取り憑かれた政治がもたらした人災と言う他ない。

ジョンソン首相が政権維持のため強硬離脱派の顔色をうかがってコロナ対策の手綱を緩めざるを得なかったように、日本の菅義偉首相も政権の後ろ盾である自民党の二階俊博幹事長の意向に配慮する様子がありありとうかがえる。首都圏に緊急事態宣言が出された7日、菅首相は国民にこう呼びかけた。

「飲食店は20時までの時間短縮を徹底、酒の提供は19時まで、テレワークで出勤者数7割減、20時以降の不要不急の外出自粛をお願いする」。その日、自民党観光立国調査会は観光業界関係者と早くも緊急事態宣言解除後に観光支援事業「Go To トラベル」を再開すべきとの考えで一致した。二階幹事長も出席した。

コロナ感染者や重症者、死者を見る限り、日本は大騒ぎする状況ではないものの、人口100万人当たりの入院患者数はイギリスとさほど変わらず、一部の病院ではロンドンと同じような「命の選別(緊急トリアージ)」が行われている。政治が科学を軽視した代償は日本でもすでに顕在化している。

(つづく)

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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