コラム

科学の声を無視して経済を回し続けたイギリスの悲劇に菅首相は学べるか【コロナ緊急連載】

2021年01月13日(水)11時35分

さらに無症状者が感染を広げるという「ステルス感染」への対応が後手に回り、水際作戦が突破され国内での新型コロナウイルスの感染リンクが追えなくなったら感染拡大のスピードを遅らせ、最終的に集団免疫を獲得するしかないという固定観念にとらわれてしまった。しかし失敗の本質は科学より政治にある。

(1)病院のベッドを空けるため陰性検査を実施せず高齢のコロナ感染者を介護施設に送り返した。その結果、超過死亡の半数以上を高齢者介護施設の入所者が占めるという大惨事になった。

EU離脱派のハンコック保健相でなく、医療現場の評価が高いEU残留派のジェレミー・ハント前保健相だったら、こんなヘマはしなかっただろう。

(2)都市封鎖が遅れた。
昨年3月23日に導入された都市封鎖が1週間早ければ第1波の犠牲者を3万6700人から1万5700人に減らせたと感染症数理モデルのスペシャリスト、インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授率いるコロナ対策チームは報告している。

EU離脱による経済的な打撃を少しでも和らげたいジョンソン首相が集団免疫論に幻惑され、ファーガソン教授の警告を無視。ファーガソン教授が昨年3月16日に公開した報告書には、都市封鎖ではなく接触の軽減措置に留まるなら患者を全員病院に収容できたとしても25万人は死亡すると明記されていた。

(3)国境封鎖を避けた。
移民が多いため国境を閉じにくいという事情はあったものの、昨年3月13日からほぼ3カ月間、国境措置は実施されず、都市封鎖までの10日間に欧州から何千もの新しい感染がもたらされた。

英下院内務委員会は「強制的な自己隔離、スクリーニングの強化、対象を絞った検査、強制隔離など、イギリスへの到着者に厳しい要件を課すのを考慮しなかったことは重大な誤り」と指摘している。

(4)当初、科学的なエビデンスはマスク着用による健康への悪影響を示しているとして、マスク着用の義務化が遅れた。
ジョンソン首相がEU離脱ではなくコロナ対策に傾注していれば、マスクなど感染防護具を十分準備できていたはずだ。ジョンソン首相が初めてマスクを着用してメディアの前に登場したのは中国、日本、インド、フランス、イタリアの指導者より3~5カ月遅く、トランプ大統領のわずか1日前だった。

(5)医療へのアクセスに限りがあった。
世界金融危機後、2010年に保守党政権になってから医療費の成長率が一気に鈍化する一方、民間業者に外注する予算の割合がイングランド全体で4.9%から最大7.6%まで膨らんだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com

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