コラム

科学の声を無視して経済を回し続けたイギリスの悲劇に菅首相は学べるか【コロナ緊急連載】

2021年01月13日(水)11時35分

変異株が猛威を奮い始めたロンドンで、EUとの通商合意にガッツポーズをする英ジョンソン首相(2020年12月30日) Leon Neal/REUTERS

[ロンドン発]感染力が最大70%も増した新型コロナウイルス変異株が猛威をふるい、医療現場が未曾有の危機に見舞われているイギリスで社会的距離を現在の2メートル(1メートルならマスク着用)から3メートルに広げるよう英非常時科学諮問委員会(SAGE)の主要メンバーが政府に求めたと報じられた。

マット・ハンコック英保健相は記者会見で社会距離政策を無視する人たちを非難するとともに「必要ならさらなる規制強化もあり得る」と述べ、英イングランド主席医務官のクリス・ホウィッティ氏も「感染爆発を抑えるため、屋外での接触制限も含めコロナ対策を強化する時だ」と同調した。

イギリスで昨年12月22日から今年1月3日にかけ行われた調査で、大人の89%が屋外での肉体的な接触を避け、97%がマスクを着用、90%が帰宅すると必ず手を洗っていると答えた。それでも屋外での感染防止距離を3メートルに拡大しなければならぬと考える科学者がいかに変異株を怖れているかがうかがえる。

政治家が謙虚に科学者の助言に耳を傾けていれば死なずに済んだ命は少なくない。科学軽視が、マスク着用を大統領選の争点にしたドナルド・トランプ大統領のアメリカ、欧州連合(EU)離脱を強硬に進めたボリス・ジョンソン首相のイギリスで被害を拡大させたのは間違いない。

英保守党下院議員でつくる「コロナ復興グループ」のマーク・ハーパー議長は英紙フィナンシャル・タイムズで「政府が2月15日までに1500万人にワクチンを接種できるなら、3月8日までにトップ4のハイリスクグループは免疫を獲得する」として3月8日のロックダウン(都市封鎖)解除を目標にするよう求めた。

自らもコロナに感染し、死線をさまよったジョンソン首相は常にEU離脱と経済優先という矛盾した圧力にさらされてきた。コロナ危機で英経済は昨年、11%超も縮小したと推定される。もし経済に配慮するなら、さらにダメージを与えるEU離脱は棚上げすべきなのだが、党内の強硬離脱派がそれを許さなかった。

都市封鎖が1週間早ければ2万1千人の命を助けられた

世界トップクラスの科学者が集まるイギリスが欧州最大の被害を出してしまったのはどうしてか。イギリスはインフルエンザ・パンデミックに備え、抗ウイルス薬のタミフルやリレンザ、マスク、ガウン、手袋を大量に備蓄し「パンデミック対策の質の高さで世界をリードしている」という慢心に陥っていた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

宇宙スタートアップに米防衛支出拡大の追い風、4─6

ワールド

米との貿易交渉、5月提案になお回答待ち=ブラジル副

ビジネス

世界EV・PHV販売、6月は前年比24%増 北米は

ワールド

BBC、ガザ番組に「ガイドライン違反」 ナレーター
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 2
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 10
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story