コラム

「合意なき離脱」を回避できなければ英仏海峡で「タラ・シタビラメ戦争」が勃発する

2020年12月07日(月)10時02分

スコットランドのトロール漁船を視察するイギリスのジョンソン首相(2019年11月)Duncan McGlynn//REUTERS

<経済全体の1000分の1程度に過ぎない漁業でなぜここまで揉めるのか>

[ロンドン発]年内で移行期間が切れるイギリスの欧州連合(EU)離脱。新年からの関係を巡る交渉が今月4日一時決裂し、「合意なき離脱」の危険性が再燃している。ケンカ別れになれば英・EU間の無関税協定が結ばれないばかりか、漁船の操業を巡って英仏海峡で"戦争"が勃発する恐れすらある。【国際ジャーナリスト・木村正人】

ボリス・ジョンソン英首相とウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長が電話会談し、事務レベルの交渉が再開されたものの、最終的にはジョンソン首相とEU首脳の政治判断に委ねられる公算が大きい。

交渉のトゲとして最後まで残ったのは漁業権と政府補助金、協定違反があった場合のガバナンスの3点。これまでEU側はフランス出身のミシェル・バルニエ首席交渉官に全権を委任し、欧州委員長、EU内で強い影響力を持つアンゲラ・メルケル独首相を結ぶホットラインでEU加盟国の結束を保ってきた。

交渉は妥結に向け大詰めを迎えていた。しかし2022年春に迫る仏大統領選でEU懐疑派の右派ナショナリスト政党、国民連合のマリーヌ・ルペン党首に猛追されるエマニュエル・マクロン大統領が突如として横槍を入れ、バルニエ氏の背後から弾を撃ち始めた。

ジャン・カステックス仏首相は今月3日、ドーバー海峡に面したフランス最大の漁港ブーローニュ・シュル・メールでトロール船に乗り込み、「漁業を交渉の犠牲にすることはない」と大見得を切って見せた。規制だらけのEU共通漁業政策にうんざりしている漁師たちにはルペン支持者が圧倒的に多い。

マクロン仏大統領vsジョンソン英首相

マクロン大統領が漁業権で譲らなければ交渉は決裂し、「合意なき離脱」を回避できなくなる。ジョー・バイデン次期米大統領の"ジョンソン嫌い"に乗じてイギリスを「合意なき離脱」に追い込めば、いずれEUに再加盟させてほしいと頭を下げてくるという勘違いがマクロン大統領にはあるようだ。

ジョンソン首相もEUを離脱すれば排他的経済水域(EEZ)を含めた自国水域内の漁業管轄権を取り戻せると焚き付けてきた手前、譲るわけにはいかない。島国のイギリスは日本と同じように四方を海に囲まれている。一方、欧州大陸の国々はイギリスに阻まれて漁業管轄権が極端に狭い。

このためイギリスは1972年にEUの前身である欧州経済共同体に参加する見返りとして自国水域に加盟国の漁船が入って操業するのを認め、その後、EUの共通漁業政策にがっちり組み込まれてしまった歴史的な経緯がある。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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