コラム

「合意なき離脱」を回避できなければ英仏海峡で「タラ・シタビラメ戦争」が勃発する

2020年12月07日(月)10時02分

EU離脱派漁業団体「離脱のための漁業」の資料によると、英水域内でのEU加盟国の漁獲量は2010~14年の年平均で67万4601トン(漁獲高約7億1123万ポンド)。一方、イギリスの漁獲量は46万1045トン(同約5億9360万ポンド)に過ぎない。

EU水域内におけるイギリスの漁獲量は8万8126トン(同約1億214万ポンド)、EUの漁獲量は56万8575トン(同約7億7708万ポンド)。EUを離脱すれば差し引きしてもイギリスの漁獲量は132万8128トン(2.2倍)、漁獲高も15億8298万ポンド(2倍)に膨らむと皮算用を弾く。

英水域内で操業する国はデンマーク32%、オランダ24%、フランス16%、アイルランド12%、ドイツ10%の5カ国で全体の94%を占めているが、フランス以外はすでに矛先を収めている。経済規模にしても貿易額にしても漁業は英・EU双方の1千分の1程度かそれに満たない重要性しかない。

英・アイスランドの「タラ戦争」では英海軍が護衛

しかし漁業権を巡る争いは主権の核心である領有権と直結しているため、ナショナリズムを高揚させる。日本の国際捕鯨委員会(IWC)脱退と商業捕鯨の再開を見れば容易にご理解いただけるだろう。1950年代と70年代、イギリスとアイスランドの間で「タラ戦争」が勃発し、英海軍のフリゲート艦が漁船を護衛した。

すでに英仏間ではフランス領海内にホタテ貝を獲るために入った英漁船と仏漁船の間で体当たりや投石、照明弾の発射など激しい小競り合い、いわゆる「ホタテ戦争」に発展している。フランスでは海洋資源を守るため、5~9月の間、その水域は禁漁になっているのに対して英漁船はそんな規制には縛られないからだ。

今回、交渉が決裂してEU加盟国への漁獲割当が一気になくなればフランスをはじめ5カ国の漁師は生活の糧を失う。新年早々、英仏海峡でタラやシタビラメの漁獲を巡って漁船同士の"戦争"が勃発する恐れが膨らむ。英海軍水産警護戦隊は現在の4隻を6隻に増強、20隻超のボートが待機していると報じられる。

しかしイギリスの漁師にしても「合意なき離脱」になれば漁獲量が倍以上に増えても、EUの域外関税をかけられフランスやオランダという最大の輸出先を失ってしまう。それこそ取らぬ狸の皮算用だ。カステックス仏首相が勇ましく乗り込んだトロール船の所有会社もフタを開ければ親会社はイギリス資本である。

結局、イギリスのEU離脱は最初から最後まで国内の一部有権者向けの政治劇でしかなかったことがうかがえる。それでもジョンソン首相とマクロン大統領が「合意なき離脱」を選択するとしたら大馬鹿者以外の何者でもない。自国の自動車産業から泣きつかれるメルケル首相もさぞかし頭が痛かろう。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マネタリーベース、国債売却増で18年ぶり減少幅 Q

ビジネス

三井物産、連結純利益予想を上方修正 LNGや金属資

ワールド

EUが排出量削減目標のさらなる後退検討、COP30

ビジネス

大林組、26年3月期業績予想を増益に修正 市場予想
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 9
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story