コラム

ロシアのプーチン大統領再選と元二重スパイ暗殺未遂の相関関係を読み解く

2018年03月20日(火)18時18分

ソールズベリーの墓地で除染作業に当たる係官(筆者撮影)

[ロンドン発]英南西部ソールズベリーで元ロシア二重スパイのセルゲイ・スクリパリ氏(66)と娘のユリアさん(33)が兵器級の神経剤ノビチョクで意識不明の重体になり、ロシアの大統領選ではウラジーミル・プーチン大統領(65)が得票率77%という圧倒的な強さを見せて再選を果たした。

2000年の初当選から通算4期、首相時代を含めると24年に及ぶ超長期政権となる。憲法改正で大統領任期は6年に延長されたが、連続2期と制限されたため、次の6年でプーチン大統領の時代は幕を閉じるはずだ。当選が決まった後、プーチン大統領は「数えて見給え。100歳になるまで私が大統領のイスに座っているとでも思うのか」と報道陣の質問に答えた。

kimura180320-2.jpg
事件前のセルゲイ・スクリパリ氏。ノビチョクによる攻撃で意識不明の重体になっている(自宅近くの食料品店提供)

ノビチョクによる暗殺未遂事件で、テリーザ・メイ英首相は「ロシア政府が事件に直接関与したか、それとも国家施設から流出したノビチョクが使われたかのいずれかしか考えられない」と即座に駐英露外交官23人を国外追放した。英米仏独首脳も共同声明で「欧州で神経剤が攻撃に使われたのは第二次大戦後初めて」とプーチン大統領を非難した。

化学兵器の開発・生産・貯蔵・使用は化学兵器禁止条約で禁じられており、ロシアも批准している。それにしても、どうして大統領選の2週間前という微妙なタイミングで元二重スパイ暗殺未遂が起きたのか。

ロシアにとってイギリスは怖くない

元ロシア連邦保安庁(FSB)幹部アレクサンダー・リトビネンコ氏(当時44歳)が06年11月、放射性物質ポロニウム210で毒殺された事件では容疑者2人が特定され、プーチン大統領が指示した可能性まで指摘された。今回はノビチョクがどのような形でイギリスに持ち込まれ、使われたのかもはっきりしない。リトビネンコ事件を年表の中で振り返ってみよう。

kimura180320-4.jpg
病院で治療を受けるリトビネンコ氏(公聴会の資料より)

04年3月 プーチン大統領が再選
06年11月 リトビネンコ事件
07年2月 プーチン大統領がミュンヘン安全保障会議で「アメリカが世界の安定を損なっている」と批判
08年3月 ドミートリー・メドベージェフ大統領誕生。プーチンは首相に
08年8月 南オセチア紛争勃発
12年3月 プーチン大統領が返り咲き(通算3期目)
14年2月 クリミア危機勃発
15年9月 ロシアがシリア空爆
18年3月 スクリパリ事件、プーチン大統領が再選(通算4期目)

06年のリトビネンコ事件と今回の事件で共通するのは「ポスト・プーチン」が取りざたされるようになると、イギリスで元ロシアスパイの暗殺・暗殺未遂事件が起きるということだ。

プーチン大統領にとってイギリスは怖くない「ソフトターゲット」。オリガルヒ(新興財閥)ら巨額のロシアマネーが国際金融都市ロンドンに流れ込み、高級住宅街の不動産を買い漁っている。ロシアマネーが引き揚げて困るのはプーチン大統領ではなく、イギリスだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ベイン、富士ソフトに法的拘束力ある提案 1株94

ワールド

中国、政府債務「大幅増加」へ 経済回復を後押し

ワールド

アングル:南アジアで国境またぐ水害増加、求められる

ワールド

米、イランに追加制裁 イスラエル攻撃受け 「幽霊船
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:米経済のリアル
特集:米経済のリアル
2024年10月15日号(10/ 8発売)

経済指標は良好だが、猛烈な物価上昇に苦しむ多くのアメリカ国民にその実感はない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 2
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明かす意外な死の真相
  • 3
    「メーガン妃のスタッフいじめ」を最初に報じたイギリス人記者が見た、「メーガン妃問題」とは?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはど…
  • 5
    北朝鮮製ミサイルに手を焼くウクライナ、ロシア領内…
  • 6
    コストコの人気ケーキに驚きの発見...中に入っていた…
  • 7
    ビタミンD、マルチビタミン、マグネシウム...サプリ…
  • 8
    2匹の巨大ヘビが激しく闘う様子を撮影...意外な「決…
  • 9
    南極「終末の氷河」に崩壊の危機、最大3m超の海面上…
  • 10
    東京に逃げ、ホームレスになった親子。母は時々デパ…
  • 1
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 2
    キャサリン妃がこれまでに着用を許された、4つのティアラが織りなす「感傷的な物語」
  • 3
    コストコの人気ケーキに驚きの発見...中に入っていた「まさかのもの」とは?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはど…
  • 5
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 6
    2匹の巨大ヘビが激しく闘う様子を撮影...意外な「決…
  • 7
    借金と少子高齢化と買い控え......「デフレ三重苦」…
  • 8
    ウクライナ軍がミサイル基地にもなる黒海の石油施設…
  • 9
    「メーガン妃のスタッフいじめ」を最初に報じたイギ…
  • 10
    戦術で勝ち戦略で負ける......「作戦大成功」のイス…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 3
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 4
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 5
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 6
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 7
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 8
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 9
    エコ意識が高過ぎ?...キャサリン妃の「予想外ファッ…
  • 10
    キャサリン妃がこれまでに着用を許された、4つのティ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story