コラム

ロシアのプーチン大統領再選と元二重スパイ暗殺未遂の相関関係を読み解く

2018年03月20日(火)18時18分

リトビネンコ事件でイギリス政府は駐英露外交官を4人しか追放していない。対露関係の悪化を恐れて真相究明の死因審問もなかなか開こうとしなかった。「孤立」を恐れたのはプーチン大統領ではなく、欧州連合(EU)から離脱するメイ首相の方で、アメリカ、ドイツ、フランスの首脳と連絡を取り、支援を取り付けた。

EU離脱交渉で2019年3月に離脱した後も2020年末まで「移行期間」を設けることで暫定合意したのも、イギリスとEUがこれ以上プーチン大統領にスキを見せるのを避けたと言えるだろう。なにせ失業者や低賃金労働者の不満が鬱積するEU加盟国の中にはプーチン・サポーターがわんさかいる。

シンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)の報告書によると、プーチン・サポーターは以下の通り。極右政党では「ドイツのための選択肢」、オーストリア自由党、ギリシャの「黄金の夜明け」、ハンガリーの「ヨッビク」 フランスの国民戦線、イタリアの「同盟(旧北部同盟)」、イギリス独立党(UKIP)、ベルギーの「フラームス・ベランフ」。

極左政党ではキプロスの労働人民進歩党、ドイツの左派党、チェコのボヘミア・モラビア共産党、スペインの「ポデモス」、ギリシャの急進左派連合(SYRIZA)。このほかイタリアの「五つ星運動」、クロアチアの「人間の盾」も親ロシア政党だ。

ロシアが今回の事件で英米仏独の共同声明で非難されたからと言って孤立すると見るのは早計だ。

kimura180320-3.jpg
重体になっているスクリパリ氏の娘ユリアさん(本人のフェイスブックより)

ノビチョクのような毒性の強い化学兵器がプーチン大統領の関知しないところで流出し、何者かによって元ロシア二重スパイの暗殺に使われたとは考えにくい。そんな事態が起きれば、プーチン大統領の権威は失墜するからだ。

しかもサッカーのW杯ロシア大会を控え、EUの中でも対露制裁の緩和論がささやかれるようになる中で、スクリパリ氏父娘暗殺未遂事件は外交上、ロシアに何のメリットももたらさない。

筆者はスクリパリ氏がメドベージェフ大統領時代に行われた米露のスパイ交換でイギリスに亡命した元二重スパイであることに注目する。

裏切り者に死を宣告することで情報機関・軍出身者の守旧派「シロビキ」の締め付けを図り、「ポスト・プーチン」はメドベージェフ氏(現首相)に代表される改革派「シビリキ」ではなく、「シロビキ」を軸に進むというメッセージを送ったように思える。

ますます強硬になるプーチン大統領に対して、アメリカとEU、イギリス、日本はどこまで結束できるのか。リトビネンコ事件後の年表を見ると、これからの国際情勢はとても楽観できない。


プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科の社債権者、返済猶予延長承認し不履行回避 

ビジネス

ロシアの対中ガス輸出、今年は25%増 欧州市場の穴

ビジネス

ECB、必要なら再び行動の用意=スロバキア中銀総裁

ワールド

ロシア、ウクライナ全土掌握の野心否定 米情報機関の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 7
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 10
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story