コラム

「パラダイス文書」「パナマ文書」に見た記者魂 南ドイツ新聞がスクープを世界の仲間と共有した理由とは

2017年11月15日(水)16時44分

バスティアンはロンドンにあるジャーナリストのたまり場フロントライン・クラブでの講演や米誌ニューヨーカーのインタビューで次のように明かしている。

「最初、アメリカを含む主要メディア数社にネタを持ち込んだジョン・ドゥは全く相手にされず、ショックを受けていました。それで南ドイツ新聞を選んだようです」。「パナマ文書」の流出元モサック・フォンセカの共同創業者の1人はドイツ人で、その父はナチス武装親衛隊のメンバー。ジョン・ドゥはドイツ語メディアに狙いを定めた。

その結果ヒットしたのが、ICIJと組んでタックスヘイブンの調査報道に取り組んでいたバスティアンだった。バスティアンは最初のやり取りでモサック・フォンセカから流出した文書がどれだけの衝撃を持つのか過去の取材経験から瞬時に理解できたのだ。それがジョン・ドゥのタレ込みを無視した他社との違いだった。

ジョン・ドゥはリアルタイムの情報をどんどん送ってきた。データ量は50ギガバイト(GB)、500GBとどんどん膨れ上がった。アフガニスタン・イラク駐留米軍機密文書、米外交公電を暴露したウィキリークスが1.7GB。2.6テラバイト(TB)に達した「パナマ文書」はその1529倍だった。

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漏洩したデータの量  筆者作成

 これだけ大容量のデータは普通のパソコンでは処理できない。「オーバーマイヤー・ブラザーズ」は上司に頼み込んで1台1万7000ユーロ(約227万円)の最高機種を購入してもらった。「パナマ文書」のスクープにはピューリッツァー賞が与えられた。スーパー・パソコンは「パラダイス文書」の分析にも威力を発揮した。

南ドイツ新聞サイトの閲覧数は増えたものの、新聞社の収益改善に直結したわけではない。ヴォルフガング・クラホ編集長は「パナマ文書」に続いて「パラダイス文書」を共同スクープしたあと、ニューヨーカー誌にこう答えている。

「非常に複雑で経済的に難しい環境を長期的に生き抜くためにはたった1つの戦略しかない。ライバル他社と徹底的に差別化を図ることだ」。競合しない海外のメディアと協力することでさらに国内のライバル社との差をつけることも差別化戦略の一環なのだ。

編集長と違って、一記者に過ぎないバスティアンは「妻とは離婚したくありませんが、妻や子供が寝た後もパソコンにかぶりつくようになりました。もう中毒です」と同誌に打ち明けている。スクープは紙価を高めることができても、新聞社のようなレガシーメディアの置かれている厳しい環境を一変してくれるわけではない。

それでもジャーナリストはスクープを追いかける。時代が移り、かたちは変わっても、ジャーナリストの習性は変わらない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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