コラム

フランス大統領選で首位を走る極右・国民戦線 「ラストベルト」という悪霊

2017年02月13日(月)15時40分

中国の世界貿易機関(WTO)加盟で工場と仕事を奪われたアメリカではトランプが1月の就任演説で「他の国々が私たちの商品を生産し、私たちの会社を盗み、私たちの仕事を破壊している。こうした惨事から私たちの国境を守らなければならない。(自国民の)保護こそが偉大な繁栄と力をもたらすのだ」と保護主義宣言を行った。

アメリカが保護主義に舵を切るのは実に、1930年にフーバー大統領が施行したスムート・ホーリー法以来のことだ。関税引き上げによってアメリカの貿易は半分以下に落ち込み、第二次大戦の遠因をつくったとも言われる。

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本命候補にスキャンダルで

4月の1回目投票が迫ってきた仏大統領選の世論調査で国民戦線のマリーヌ・ルペン党首は常に24~26%を維持し、首位を走る。中道右派・共和党のフィヨン元首相が英国人妻の架空歳費請求で信用を落とし、失速したためだ。緊縮財政に国民が悲鳴を上げている時に、働きもしていない妻に歳費を渡していたスキャンダルの発覚は致命的だ。

これで5月の決選投票はルペンと、社会党からスピンアウトしたマクロン前経済産業デジタル相の対決になる公算が高まってきた。マクロンは、市場主義で税収を増やして医療、教育のサービス向上につなげる「第三の道」を実践したイギリスのブレア元首相になぞらえられる。

「歴史の風向きは変わった」と息巻くルペンが万が一でも勝利すれば、世界経済は保護主義に大きく傾くばかりか、自由と民主主義は深刻な危機に直面する。決選投票になった場合の世論調査では幸い、マクロンがルペンを25~30ポイントも引き離すが、「政界一寸先は闇」である。

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世界金融危機で銀行救済が優先され、失業者や貧困者への社会保障は削減された。それに続く金融緩和策は貧富の格差を拡大させた。賃下げと失業の傷はまだ癒えていない。しかしグローバリゼーションは間違いなく世界中で雇用を拡大させてきた。保護主義でこの流れを逆転させるのは失業を拡大させるだけで、大きな誤りだ。

技術革新に伴って産業構造が変転していくのは歴史の必然だ。産業革命が第一次産業から第二次産業への転換を加速させたように、IT(情報技術)革命は第二次産業から第三次産業への移行を促している。この流れに逆らえない。逆らうものは淘汰されるだけだ。

ラストベルトの悪霊から逃れるために、政府は再分配機能を強化して格差を縮め、失業者が再チャレンジできるよう職業訓練や就職支援を拡大するとともに、教育もできるだけ早い段階からデジタル時代に対応したものに変えるのが正解だ。フランス期待の星マクロンは悪霊を追い払い、絶望と怒りに覆われた国民感情を希望に変えることができるのだろうか。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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