コラム

【現地リポート】無差別テロ、それでも希望の光を灯し続けよう

2015年11月16日(月)17時10分

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パリ市内では警備が厳重になっている Photo:Masato Kimura

 行方が分からなくなっているベルギー在住のフランス人、アブデスラム・サラ容疑者(26)ら3兄弟(うち1人死亡、1人逮捕)の関与も浮上しており、フランスで生まれ育った「ホーム・グロウン(自国育ち)」テロリストとISの連携が捜査の焦点になっている。

 仏当局によると、フランスからISに571人が参加し、141人が死亡、246人がISに嫌気が差してフランスに帰国している。国内の潜在的なイスラム過激派の活動分子は2千人、さらに3800人が過激化の兆候を見せている。1月と今回のテロはフランス当局の対策がまったく機能しなかったことを浮き彫りにした。

 米国家安全保障局(NSA)による市民監視プログラムを暴露したスノーデン事件を教訓に、電子情報の暗号化が進み、インターネット上の情報を傍受しても解読できなくなったといわれている。テロを防ぐのは難しくなっている。

 テロには多くの人を殺害する以上に政治的な狙いが込められている。ISは国際テロの本家本元のアルカイダやIS傘下の関連組織に対して海外で大規模な国際テロを行う実力を誇示してみせた。さらに戦線をシリア、イラクから中東・北アフリカ、さらには欧州へと拡大させることで、欧米諸国を撹乱しようとしている。

 フランスでは移民排斥を主張してきた極右政党「国民戦線」が勢力を拡大しており、極右とイスラム系移民の対立をあおれば、フランス社会に失望してISへの参加者が増える可能性がある。大量の難民が欧州に押し寄せる中、欧州市民を疑心暗鬼に陥れる狙いもある。対立、憎悪、嫌悪、恐怖の中でしかテロリストは増殖しないからだ。

 52人の犠牲者を出した2005年7月のロンドン同時多発テロでは地下鉄の駅構内でバスカー(流しのミュージシャン)がすぐに演奏を始めるなど市民は穏やかに対応した。リビングストン・ロンドン市長(当時)は「ロンドンの皆さんが臆病者の攻撃に対して平静さを失わなかったことに感謝します」とたたえた。

いつも通りの生活を続ける勇気

 テロによってイスラム系移民や難民に排斥の感情を抱かせることがISの狙いだ。パリではテロ現場近くのレピュブリック(共和国)広場に市民が集まり、賛美歌を歌って犠牲者を追悼した。カフェからは笑い声が聞こえた。いつも通りの生活を続けることが最大のテロ対策だとパリ市民は静かな勇気を胸に広場にやってきた。

 イスラム過激派を空爆したり、無人機(ドローン)を使って暗殺したりしても、状況が好転していないのは2001年9月の米中枢同時テロ後のアフガニスタン戦争、イラク戦争を見れば明らかだ。それどころか、爆弾を落とせば、逆に過激派が拡散して増殖する有様だ。

 殺すことより、生きる力に光を当てよう。西洋とイスラムが相互に敬意を示すことが、イスラム系移民の過激化を防ぎ、テロリストを減らす最善の方法だ。難民や移民を排斥すれば、彼らをテロリストの方へ追いやることになる。恐怖や不安より、私たち市民はいま、希望を語るべきだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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