コラム

韓国の高齢者貧困率が日本を超える理由

2020年10月30日(金)15時20分

今後年金が給付面において成熟すると、高齢者の経済的状況は現在よりはよくなると思われるが、大きな改善を期待することは難しい。なぜならば韓国政府が年金の持続可能性を高めるために所得代替率(平均標準報酬に対するモデル年金額の割合)を引き下げる政策を実施しているからである。導入当時70%であった所得代替率は、2028年までに40%までに引き下がることが決まっている。所得代替率は40年間保険料を納め続けた被保険者を基準に設計されているので、非正規労働者の増加など雇用形態の多様化が進んでいる現状を考慮すると、実際多くの被保険者の所得代替率は政府が発表した基準を大きく下回ることになる。

また、国民年金の支給開始年齢は60歳から65歳に段階的に引き上げられることが決まっており、実際の退職年齢との間に差が発生している。韓国政府は長い間60歳定年を奨励していたものの、多くの労働者は50代半ばから後半で会社から押し出された。ようやく2013年に「定年60歳延長法」が国会で成立し、2016年から段階的に(2017年からはすべての事業所に)60歳定年が適用されることになったものの、今後国民年金の支給開始年齢が65歳になると、また、所得が減少する期間が発生することになる(年金を60歳から受け取る繰上げ受給制度があるので所得の空白期間は発生しない)。

現役世代1人で高齢者1人を支える日が来る?

従って、今後高齢者の貧困を解決するためには、国民年金の支給開始年齢と定年を同じ年齢にし、所得が減少する期間をなくす必要がある。一方では、公的年金制度の持続可能性を高めるための対策が求められる。2003年に100兆ウォンを超えた国民年金基金の積立金は、2019年には737兆ウォンまで増加しており、2041年には1778兆ウォンになることが予想されている。しかしながら、その後は年金を受給する高齢者が増加することにより積立金は減り続け、2060年になる前に積立金が枯渇すると予想される。

公的年金の受給資格がないあるいは給付額少ない高齢者が多いので、韓国では多くの高齢者が自分の子供や親戚からの仕送りなど私的な所得移転に依存して生活を維持してきた。しかしながら過去と比べて子供の数が減り、長期間に渡る景気低迷により若年層の就職も厳しくなっており、子供から私的な所得移転を期待することは段々難しくなっている。

韓国統計庁のデータを参考にすると、高齢者一人を支える現役世代の数は、1960年の20.5人から、2017年には5.3人まで急速に低下しており、さらに2060年には1.0人になることが予想されている。つまり、今後は公的年金などの公的な所得移転にも家族や親戚からの私的な所得移転にも頼ることが難しく、自分の老後は自らが準備する必要性が高まっている。しかしながら、2015年の調査では、回答者の53.1%が老後の生活のために何も準備していないと答えている。韓国の高齢者の老後が心配されるところである。

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プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員、亜細亜大学特任准教授を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

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