コラム

「祖国防衛」へと大義がすり替えられたロシアのウクライナ戦争

2023年02月22日(水)15時30分

しかしこれで、ロシアの青年たちを戦おうという気にさせられるかどうか。最近までロシアの大学で講義をしていた筆者の印象では、ロシアの学生にとって、政府とは自分たちとは無縁の、奇妙な老人たちの集団に見えている。ただ、近年アメリカなどがロシアにかけてくる圧力には、腹に据えかねているところがある。

西側で今、ロシアを分裂させたり、武装解除させることを提唱している者は、ロシアの青年たちをも敵に回してしまい、プーチンを実質的に助けているようなものなのだ。

戦争で国防費はうなぎ上りになり、財政赤字が出ているし、西側の制裁でロシアのエネルギー輸出が量、価格とも下がってきたことで、昨年12月には経常収支の黒字が急減。赤字化の瀬戸際にある。西側企業は軒並み撤退し、デパートや大規模なショッピングセンターは店舗が虫食い状態になっている。そして西側が先端技術を止めているから、ロシアはGPS用の人工衛星の補充もできなくなっているし、ミサイルその他も、半導体の在庫がなくなれば増産ができなくなる。プーチンはこの20年間で築いた、石油・ガス本位の偽りの繁栄を、自ら破壊したのである。

それでも、人々の生活はまだ悪化していない。例えば、西側自動車企業が軒並み撤退して自動車部品の手当てが難しくなっているのだが、非正規の「並行輸入」のルートでトルコや湾岸地域から輸入している。

こうした中、人々はなんとなく不安を抱えながらも、普通に生きている。商店の品ぞろえはさして悪化しておらず、インフレも収まっている。モスクワのナイトライフ、イベントの類いのにぎわいは以前と変わらない。経済官僚の多くは制裁でロシア経済が行き詰まっているのを知っているが、手も打てず、辞めるわけにもいかず、ずるずると日々を送っている。

見えないロシアの国家モデル

超保守や筋金入りのリベラルは、さして重要ではない存在にとどまっている。プーチンのブレーンとされる思想家アレクサンドル・ドゥーギンは、娘を8月に爆殺されても発言を続けているが、ロシア軍の劣勢でその発言は勢いを失っている。また1991年のソ連崩壊直後は一世を風靡したリベラル層も、90年代の大混乱と困窮の責任を問われ、大衆からは遊離した存在であり続けている。

プーチン、ジョー・バイデン米大統領、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領。この役者が1人でも抜けないうちは、この戦争は終わらないだろう。短期の休戦はあっても、誰か不満を持つ者が必ず攻撃を再開する。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

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