コラム

「祖国防衛」へと大義がすり替えられたロシアのウクライナ戦争

2023年02月22日(水)15時30分

230228p23_KWT_02.jpg

11月27日のロシアの「母の日」を前にして兵士の母親と会談するプーチン ALEXANDER SHCHERBAKーPOOLーSPUTNIKーREUTERS

9月21日には、ウラジーミル・プーチン大統領が部分動員令を発したことで、ビザが不要な旧ソ連諸国との国境に青年たちが殺到。そこから第三国へと出国した。その数は開戦直後と合わせて50万に達したと推定される。抗議行動が50以上の都市で起き、20以上の行政機関施設が攻撃を受けている。そしてそれは極東やカフカスの少数民族居住地域で目立った。兵員の徴募がこの地域に集中してきたからである。

しかしこの間、プーチンの支持率は80%前後を維持している。戦争を強く支持する者も3月の52%から11月の42%へ微減を示しているだけなのだ。9月の統一地方選挙では、与党「統一ロシア」が大勝している。

戦争の実態を知らされても、「それでは生ぬるい。もっと徹底的にやれ」と言う年長者も多いし、「アメリカやEUがロシアをつぶしにかかっている」という認識が広がれば、戦争支持はもっと広がるだろう。日本と違って、「戦争=悪」とはならないのである。

もっとも、ニュアンスは変わってきており、11月にクレムリンが内輪に行った調査では55%が和平を望み、戦争継続を望む者は25%のみになっている。7月の調査ではまだ、和平を望む者は30%ほどだった。

9月に部分動員令を発するまで、ロシア軍は志願兵を集めるのに苦労した。モスクワなど西半分の大都市での徴募はほとんど行われず、徴募はカフカス地域や東半分の少数民族に集中した。中には以前から折り合いが悪い民族同士が戦線で仲間同士撃ち合いをしたとも報じられている。

プーチンはこの間受け身で、世論をなだめるのに苦労した。11月末には戦死者の母親や妻たちと懇談している。そして大衆のためのバラマキにも努めた。3月には公務員給与を増額したし、今年1月初めの閣議では、インフラ・生活環境改善のための「国家プロジェクト」を蒸し返している。

これは本来、2024年の大統領選挙でプーチンを後押しするために考えられたものの戦争で顧みられなくなっていたものだが、いま蒸し返したことは、プーチンが大統領職にとどまる決意をしたことを意味する。

プーチンは今、戦争について言い訳するよりも、「西側はウクライナを使ってロシアをつぶし、分解しようとしている。ナチス・ドイツの侵略と戦った大祖国戦争を思い出そう」という、愛国主義キャンペーンに転換しつつある。悪いのはNATOだ、アメリカだ、ウクライナに戦車を提供したのが何よりの証拠だ、というわけだ。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日銀、ETFの売却開始へ信託銀を公募 11月に入札

ワールド

ロシア、元石油王らを刑事捜査 「テロ組織」創設容疑

ビジネス

独ZEW景気期待指数、10月は上昇 市場予想下回る

ワールド

仏予算は楽観的、財政目標は未達の恐れ=独立機関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story