コラム

イスラム教・キリスト教の対立を描くエジプト映画【解説・後編】

2016年12月22日(木)15時55分

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壁に掲示された、エジプト革命で死んだコプト教徒の若者を讃えるポスター=映画『敷物と掛布』から

 家では、若者の遺影が飾られ、コプト教徒の葬式が行われている。主人公も、観客も、若者が死んだことをこの時に知る。主人公は、コプト教徒の若者が録画した動画を地元の新聞社に持っていく。主人公は新聞社のカメラマンから、イスラム教徒によるコプト教徒への襲撃があり、主人公が訪れた若者の家族が住む地域がまさにその現場であることを知る。最後は、イスラム教徒とコプト教徒の衝突の場面で終わる。

理解するのを諦めると、リアルが開ける不思議な映画体験

 このように説明しても、言語による情報が少ないために、筋や背景を理解しようとすれば非常に難解な映画となる。私は2度、3度と見返したが、そのうち、この映画は筋や意味を理解するものではなく、主人公とともに混乱した状況にどっぷりとつかって一緒にさまよい、エジプト的な状況を体感する映画ではないだろうかと思い始めた。

 何の説明もなく、話をしている主人公の脇に墓石が映る。住民の家の中にも墓石がある。舞台となっているのは、カイロで「死者の町」と呼ばれる場所で、カイロ郊外にある広大な墓地に貧しい人々が住み着いている地域である。私はかつて「死者の町」を取材したことがあるから分かるが、映画の中で説明があるわけではく、舞台が墓地であることはエジプト人でなければ分からないだろう。映画の舞台が「死者の町」であることには大きな意味はないということである。いきなり墓石が出てくることは、観客を不安にさせるという効果はあるだろう。説明しない映画だけに、これに類する不思議な場面が随所にある。

 しかし、筋書きや背景がよくわからなくとも、映画はサスペンス感にあふれ、主人公を取り巻く状況はスリリングである。読み解こうと考えることを止めて、次々と現れる不思議な場面を主人公とともに体験するつもりになれば、生の現実を体験しているような臨場感がある。理解することを諦めた時、難解さの感覚は消え、映画のリアルが開ける。不思議な映画体験である。

 説明しないことによって、映画は観客に完結したストーリーを見せるのではなく、何が起こるか分からない不安で困難な状況に観客を連れて行く。そこにあるのは、いまに続く、混沌とした革命下のエジプト状況である。

 私は前編で、コプト教会を標的とした2011年1月と今回の2つのテロの間の6年間を、私がジャーナリストとして取材した事実を組み合わせることで読み解いた。それも今回のコプト教会へのテロを取り巻く状況を理解する方法である。しかし、『敷物と掛布』という映画の手法は、その対極にある。事実で解説しても、結局、日本人には伝わらないのではないかという不安を超えるために、説明を極力排除した映画の中で観客を仮想現実に投げ込むという手法があると思える。

【参考記事】映画『オマールの壁』が映すもの(1)パレスチナのラブストーリーは日本人の物語でもある

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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