コラム

G7で日韓首脳会談を拒否したと威張る日本外交の失敗

2021年06月18日(金)11時10分

しかしながら、例えばトランプが金正恩に対して行って見せた様に、対話は即ち妥協を意味する訳ではなく、場合によっては対話そのものを決裂させ、それを国際社会に大きく示すオプションもある。重要なのは、自らの側に何時でも対話の準備があることを示し、「問題悪化の責任が相手側にある」ことを──そう安倍政権が巧みに行ったように──国際社会に効率的にアピールすることなのである。そしてその様な状況が出現して、初めて相手側はプレッシャーを感じ、何らかの対処措置を取ることを余儀なくされる。

そしてもう一つ考えなければならないことがある。対話の拒否とは、即ち自らの側からの積極的なメッセージ発信の拒否であり、だからこそ相手側に一方的に自分の側を攻撃する機会を与えてしまう。例えば、先の菅首相の「挨拶」を巡る一連の発言から、国際社会が何らかの日韓関係に関わる具体的なメッセージを読み取ることは不可能である。つまり、歴史認識問題に特段の関心を持たない他国にとっては、現在の日韓両国の状況は、日本側が一方的に対話を閉ざしている結果としか映らない。何故なら、対話を行うこと自身で失うものは何もないにも拘らず、日本側はそれすらも拒否している、と映るからだ。重ねて言えば、それは対話を恐れているようにすら見えなくもない。

だからこそ、この様な状況下で韓国政府は、更に積極的な対話への姿勢を示すこととなる。G7において、文在寅が自ら二度までも菅首相に近づき、殊更に対話を求める姿勢を見せたのもその為だ。そしてそれは彼らが対話そのものを求めているから以上に、対話を求める姿勢を示すことで、国際社会における日本の状況を追い込むことができるからである。それは彼らの計算づくのパフォーマンスであり、だからこそ日本側が対話を渋れば渋るほど、韓国側は自らの側は対話を望んでいることを、更に積極的且つ大きくアピールすることになる。そして彼らはこうして国際社会の目前で、日韓関係の主導権を自らの側が握っていることを印象付けることになる。

重要なのは、対話を避けて内なる殻に閉じこもることではなく、自らの主張を積極的に発信し、国際社会が見守る中で、相手側と堂々と渡り合うことの筈だ。その意味において、今の日本政府が行っていることは、朴槿恵政権のそれ以上に後ろ向きだ、と言われても仕方がない。

五輪に来る文も冷遇できるのか

そして日本政府派には更に懸念すべきことがある。7月。事態が日本政府の求める形で展開すれば、東京五輪が開催される。そして既に韓国メディアが報道している様に、韓国政府はこの場を日韓関係の改善に向けて積極であることを示すパフォーマンスの場として効率的に利用することを試みつつある。即ち、五輪の開催に合わせて文在寅が東京を訪問し、併せて菅首相との会談を提案する、というのである。

新型コロナ禍が依然と続く中、五輪を巡る状況は不透明であり、だからこそG7においても日本政府は五輪開催に向けた各国の支持を取り付けようとして努力した。そしてこの五輪の開催に向けて、韓国政府が積極的に賛意を示し、開会式等にそれを祝う首脳を送り込んでくるのなら、日本側にこれを歓迎しない理由は存在しない。

そして五輪にはG7以上に国際社会の目が向けられる。この様な中、依然として多くの懸念の声が寄せられる五輪の会場に、国内に残る反対をも押し切ってわざわざ足を運んだ他国の首脳に、日本が冷淡な対応を見せたとすれば、その行為は国際社会にどの様に映るだろうか。そもそも永遠に対話を拒否することは不可能であり、日本政府はどこかでこれに応じることを余儀なくされる。だとすれば、例えば安倍が2019年の日中韓首脳会談において行って見せたように、どこかの段階で自らの側にも対話の姿勢があることを示すことが重要だ。

重要なことは日本が対話を拒否しているからこそ、韓国は自らの側がいつでも対話に応じることを繰り返し表明し、日本側の理不尽なまでの「頑固さ」を国際社会にアピールすることができる構造になっていることである。だからこそ、いたずらに対話を拒否することは相手側に塩を送るだけの結果になる。相手に自分への攻撃の機会をわざわざ、しかも一方的に与えることは、決して賢明な行為だと思わないのだが、いかがだろうか。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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