コラム

検察と二つの民主主義

2020年05月25日(月)07時42分

しかし、当然の事ながら、実際の韓国はこの様な日本国内の民族主義的な人々や「リベラル」を自認する人々が持つ、ステレオタイプな期待に合わせた形で存在している訳ではない。その典型の一つは、昨今話題の新型コロナウイルスへの対処である。例えば、現在の日本政府にネガティブな意識を持つ「リベラル」な人々の中には、安倍政権を批判する意味をも込めて、殊更に文在寅政権の「成功」を持ち上げる人たちがいる。しかしながら、文在寅政権の新型コロナウイルス対策の在り方の背景には、朝鮮半島の分断の下、過去の権威主義政権から受け継がれた厳格な個人情報の管理があり、これにより感染者や濃厚接触者が厳しくコントロールされている事がある。これらは本来、日本の「リベラル」な人々が最も忌避するものの一つである筈だが、彼らはこの点については看過しがちである。

そして、今日、日韓両国の「捻じれ」が顕著になっている分野がもう一つある。即ち、新型コロナウイルスの蔓延が下火となる中、日本の政権を巡る新たな議論の的となっている、検察制度を巡る問題がそれである。周知の様に、我が国では検察官の定年を政府の判断で特例的に延長する事が出来る検察庁法改正案が、「政府への検察への介入をもたらすものである」、として「リベラル」な人々の間で批判を呼び、東京高検検事長の「賭けマージャン疑惑」の中、見直しを余儀なくされる事となっている。そこでは政府による検察への介入が「悪」である事が大前提となっており、この理解は日本国民の多くによって共有されているように見える。

独立性をめぐる闘争

しかしながら、「リベラル」な人々が好感を寄せる韓国では全く異なる事態が進行している。即ち、文在寅政権下の韓国では、逆に検察が政府から独立している事が「進歩派」の人々によって批判され、政権は検察への統制を大きく強めているからである。昨年展開された曺国前法務部長官を巡るスキャンダルはその一部であり、そこでは大統領官邸の指示に従って検察への統制を強めようとする前法務部長官と、これを阻止すべく長官のスキャンダルを暴きだそうとする検察の間で激しい対立が展開され、一時期は大統領官邸までもが捜査の対象となっている。曺国の辞任後、新たに法務部長官に任命された秋美愛は、就任から一週間もたたない間に、最高検察庁幹部を含む32人の交代人事を発表し、政権に近いとされる人物を任命する事になっている。

言うまでもなく、もし同様の事態が日本で行われれば、「リベラル」な人々は、これへの猛烈な反対運動を展開する筈であり、また政権による検察への介入に不寛容な日本では、政権そのものの行方をも左右する大問題へと発展するに違いない。それでは何故、韓国ではよりによって「進歩派」の政権によって、この様な政府による検察への大々的な介入が行われているのだろうか。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、予想

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story