コラム

トランプ勝利で実感するイギリス君主制の良さ

2016年11月18日(金)16時00分

 エリザベス女王はイギリスの象徴であり、英国民すべてを代表する存在でもある。女王は常に政治の外側にいる(あるいは政治の「上に」立つ)。それは今のような分断の時代には特に重要かもしれない。

 金融危機とその後に訪れた景気後退は、多くの国々に傷跡を残した。グローバリゼーションは富める者に途方もない恩恵を与えたものの、無数の一般市民にはほとんど利益をもたらさなかった。ブレグジット(英EU離脱)はイギリス社会に大きな分断をもたらしている。こんな時代に、不変性と統一性の象徴がいることは、いいことだ。

 イギリスで最も強い権力を持つ人物「首相」は、直接選挙で選ばれるわけではない。首相は議会のお仲間たちと、党員たちによって選ばれる。有権者は、実質的に口を出す権利もない。せいぜい5年ごとに行われる総選挙でどの党に投票するかを選べるくらいだ。

【参考記事】イギリス補欠選挙で「残留」派の反乱が起こる?

 やっぱり、こうしたシステムは少し「古くさい」し、密室での談合を連想させるということはたびたび言われてきた。でもこのやり方で、とんでもないリーダーが選ばれてしまうことは考えられない。トランプに比べればまだマイルドな、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長ですら上に行けなかったことを見ても、そんな事態はあり得なそうだ。

 同時に、世論調査で支持率が1桁台に落ちてもリーダーが(今の韓国のように)権力の座に居座るなどということも考えられない。サッチャー元首相でさえ、政権が長期に及び過ぎたと判断され、議員たちから見放された。

 とりたてて騒ぎ立てることもなしに、イギリスでこれまでに2回、女性の首相が誕生したことも興味深い。その間にも、イギリスより「進歩的」なアメリカのシステムは、ただ1人の女性大統領も輩出していない。

 ブレグジットの国民投票と米大統領選でのトランプ勝利には、確かにある種の類似性が見られる。多くの人々が指摘しているとおり、国民の不平不満と亀裂を反映している、という点において。それでも僕は、類似点と同じくらい相違点も強烈だと言いたい。イギリス政治のシステムは、物議を醸し分断を誘う民衆扇動家が権力の座を射止めることなど、決して許さないようにできている。

 僕たちにはテリーザ・メイ首相がいて、エリザベス女王がいる。そしてアメリカには、ドナルド・トランプがいる。僕は奇妙で古くさいイギリスの政治システムを、今ほどありがたく思ったことはない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story