コラム

「感染者は警察や役所でウイルスを広めよ」コロナまで武器にするイスラム過激派の脅威

2020年06月02日(火)18時30分

襲撃された病院から赤ちゃんを助け出す治安部隊員(カブール) REUTERS TV-REUTERS

<ラマダン中には例年イスラム過激派によるテロが増えるが、今年はそこにコロナ禍が重なった>

4月27日、フランスのパリ近郊で男が車で突進し、警官2人を負傷させるという事件が発生した。男は警察に「イスラム国のためにやった」と述べ、過激派組織「イスラム国(IS)」に忠誠を誓い、全世界をイスラム法で統治すべきだと記した書き置きも発見された。

4月23日頃からの1カ月は、イスラム教の暦ではラマダン月だった。預言者ムハンマドに神から最初の啓示が下された月であり、イスラム教徒はこの間、日中に飲食などを断つことが義務とされる。

ラマダン中の善行には、神から通常以上の報奨が与えられると信じられている。例年ラマダン中にイスラム過激派テロが増加するのは、彼らがテロを「善行」だと信じているから。今年はそれにコロナ禍という要素が加わった。パンデミック(世界的大流行)もイスラム過激派にとって好都合だ。

各国の軍や治安部隊は市中の治安維持などに当たり、これまで従事していた対テロ作戦は手薄になった。イラクでは米主導の有志連合軍が多くの基地から撤退し、残留軍も最大の関心事はテロとの戦いではなく、ウイルス感染予防である。

ラマダン入りして間もなく「イスラム国」は立て続けにテロ攻撃を実行。イラクとシリアで行った攻撃は今年1月には88回だったが、2月には93回、3月には101回、4月には151回とほぼ倍増した。アフリカやインドネシア、フィリピンなど東南アジアでも活動を活発化させている。

アフリカではアルカイダ系組織の支配地域も拡大している。過激派組織同士の衝突も勃発しているのに加え、ナイジェリアではキリスト教徒の村が次々と襲撃され23人が死亡した。ナイジェリアで殺害されたキリスト教徒の数は今年に入り既に620人を超えた。

アフガニスタンでは「イスラム国」と競うようにタリバンの攻撃も頻発。5月12日には首都カブールの国境なき医師団の運営する病院の産科病棟が何者かに襲撃され、新生児や母親ら24人が死亡した。

パンデミックは戦闘員の勧誘という側面からみても好都合だ。

「イスラム国」は機関紙ナバア226号で、コロナウイルスは神が不信仰者やジハードの義務を怠るイスラム教徒に与えた「苦痛」だという解釈を示した。ジハードに参加することこそが最大のコロナ予防策、というわけだ。封鎖措置などに伴い、仕事を失い困窮するイスラム教徒も増加している。いまだ十分な資金と装備を持つとされる「イスラム国」にとって、そうした人々を囲い込むのは以前よりもたやすい。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は反落、FRB理事解任発表後の円高を

ビジネス

トランプ氏、クックFRB理事を異例の解任 住宅ロー

ビジネス

ファンダメンタルズ反映し安定推移重要、為替市場の動

ワールド

トランプ米政権、前政権の風力発電事業承認を取り消し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 2
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 3
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密着させ...」 女性客が投稿した写真に批判殺到
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 7
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 8
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story