コラム

アメリカ軍のデジタル影響工作はなぜ失敗したのか?

2022年10月03日(月)15時59分

作戦は地域ごとにターゲットを特定し、重要なタイミングでピークをセットしていた。アフガニスタンでは長期間にわたって工作が行われていたが、2020年2月の調印と2021年8月の撤退前数カ月にピークがあった。中央アジアではロシア語話者に対してウクライナ侵攻に先立つ数カ月がピークだった。ただし、言語のレベルは低く、自然なロシア語にはなっていなかった。タリバンの実施している作戦の練度の高さと対照的だ。

軍がどこまで作戦行動に直接関与していたかはわからないが、実施の多くを民間企業に委託していた可能性が高く、それはこのレポートでも指摘されている。軍に外注先を評価、監督できる体制がなかったことが原因で、実務が雑になってしまったようだ。デジタル影響工作を受託する民間企業の実務は最近雑になってきた傾向がある(依頼が急増しているためだろうか?)。たとえば、Metaの2022年第2四半期脅威レポートとSIOの「Mind Farce」レポートではイスラエルの民間デジタル影響工作企業Mind Farceの活動を暴いており、読むとかなりずさんなオペレーションだったことがわかる。これでは容易に発見されてしまう。

レポートを読むと、軍内部あるいは防衛企業から軍への提案書の内容が想像できる。紙の上では非常に効果的のように見えたのだろう。しかし、実際のオペレーションがまったくおいついていなかったのだ。

中露との比較でわかるアメリカ軍の犯した誤り

中露イランのデジタル影響工作の話題を耳にして、「じゃあ、こっちも同じことをやり返せばいいのではないか?」と考える人がいる。先日、私が登壇したウェビナーでもそのような質問があった。防衛省が力を入れようとしている戦略的コミュニケーションもそれに近い香ばしい匂いがしている(産経新聞、2022年8月16日)。今回、暴露されたアメリカ軍のデジタル影響工作は、まさにそれを行った結果であり、日本にとっても他人事ではない。

まず、デジタル影響工作において、中露イランとアメリカの間に決定的な違いがある。同じことを同じようにやっても失敗する。下図がそれだ。

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アメリカが影響力を発揮しやすい対象と、中露イランが影響力を発揮しやすい対象は異なっている。得意ではない対象を説得するのは容易ではなく、効果的でもない。今回のウクライナ侵攻がよい例で、ロシアは国際世論では影響力を発揮できなかったが、それ以外の領域では影響力を発揮できたことは、以前の記事でご紹介した通りだ。

正体を隠して活動するなら、アメリカでも国際世論以外の領域で影響力を発揮することができる。世界各地で民主化運動を巻き起こしたカラー革命にはCIAの関与が指摘されている。

次に、柱にする主張は、わかりやすく敵と味方に分け、相手を責め、怒りと憎しみをかきたて、その根拠を合理的(見かけ上)に説明することが重要となる。自国の正当性はその結果として生じてくる。そして、魅力的なナラティブ(物語)になっていなければならない。人はナラティブを記憶しやすく、効果的なナラティブは拡散されやすい。逆にそうでないナラティブは拡散されにくい。

たとえば、中国は多額の予算と労力をかけて国際世論に影響を与えようとしてきたが、必ずしも思ったほどの効果はでていないことが、30カ国における中国の影響力を調査したFreedom Houseのレポート「Beijing's Global Media Influence 2022」で明らかになっている。中国はアメリカと並ぶ、あるいは取って変わる世界のリーダーになろうとしており、その過程で自らの正当性を訴える内容のナラティブも必要と考えているのだろう。自らの正当性、優位性などを前面に出すナラティブは効果的になりにくい。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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