コラム

アメリカ軍のデジタル影響工作はなぜ失敗したのか?

2022年10月03日(月)15時59分

今回暴露された一連のデジタル影響工作では、正体を明かしたら不利な領域で正体を明かしており(メッセージにアメリカ軍との関係を臭わせたり、リンクしていた)、ナラティブが単純でわかりやすく憎しみを募らせるようにはできていなかった可能性が高い。

そして、アメリカ軍はもうひとつ大きなことを見落としていた。デジタル影響工作の舞台となるプラットフォームを運営しているMeta社などのビッグテックは、反アメリカ的(正確にはアメリカ主流派を自称するリベラル)な主張を優遇する傾向があるのだ。

ビッグテックはアメリカの味方ではない

Metaやグーグルなどのビッグテックの影響力は大きく、地政学上のアクターとまで言われている。彼らは自社のビジネスの利益のために、反アメリカ的な主張を支援している。具体的に言うと、デマや陰謀論を優遇して多額の広告費用を彼らのサイトに支払い、世界各地に分断と紛争の種をまいている。

グーグルが権威主義国と民主主義国の両方に協力し、まるで分断を広めることでビジネスを拡大しているように見えることは前回の記事で指摘した通りだ。

彼らはアメリカ企業ではあるが、アメリカの味方ではないのだ。世界で民主主義国が減り、中国などの権威主義国のGDPが増加していることは彼らにとって将来の顧客がそちらになることを示唆している。そもそもフェイスブックの利用者の7割以上はずっと前からグローバルサウスなのだ。

つまりデジタル影響工作において、ビッグテックの提供するプラットフォームの利用は欠かせないが、そこでは反アメリカ的な主張が優遇されている現実がある。もちろん、アメリカでも共和党や右派の主張なら優遇されるだろう。しかし、民主主義的な価値は歓迎されない。

根本的な問題の隘路に陥ったアメリカ

そもそもデジタル影響工作は、破壊や混乱を引き起こす時にもっとも効果を発揮する。自称世界の主流派であり、リーダーであるアメリカは、アメリカである時点で不利なのだ。数少ない有利な領域が前図の国際世論だ。

同じことは日本にも言える。アメリカを中心とした世界を想定している日本は、アメリカと同じ隘路にはまりやすい。また、国内には、アメリカ軍以上に知見や経験を持った人材がいない。同じことをやろうとすれば、アメリカ軍以上の失敗となるだろうし、Meta社やツイッター社はアメリカ政府に対するほど、日本政府にはやさしくないだろう。両社は国防総省への最初の報告からアカウント削除まで2年待ったが、日本相手なら連絡と同時に削除し問題を公開しかねない。

ただし、今回同様、日本政府を名指ししないだろう(Meta社とツイッター社はアメリカ軍の関与を明示していない)。 そしてグラフィカ社やSIOのレポートも出ないだろう。国民にはなにが起きたかわからないままとなり、日本の担当者は叱責を受けるくらいで業務を続け、効果のない活動に予算が使われ続け、国内には実績はあるが成果をあげたことのないデジタル影響工作企業が幅をきかせる未来が見えるようだ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ガザ南部への住民移動を準備中 避難設

ビジネス

ジャクソンホールでのFRB議長講演が焦点=今週の米

ワールド

北部戦線の一部でロシア軍押し戻す=ウクライナ軍

ワールド

プーチン氏、米アラスカ州訪問「非常に有益」 高官会
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 4
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story