コラム

ロシアが情報戦で負けたという誤解

2022年07月06日(水)17時20分

暴力化するグローバルサウスと、グローバルノースの反主流派

グローバルサウスと、グローバルノースの反主流派は数の面で脅威になってきているだけではない。武装化し、暴力による現状の変更を求めるようになってきている。

現在、世界でもっとも多い統治形態は独裁主義あるいは権威主義となっている。2020年まで民主主義から権威主義への移行の多くは、選挙によって行われてきた。選挙で権威主義的傾向を持つ人物が選ばれ、徐々に制度や法律を変えて権威主義に移行するのだ。クーデターなど暴力による変更は平均すると年間1件ちょっとだった。しかし、2021年になって、暴力による体制変更が6件に増加した。ミャンマーのクーデターを記憶している方もいるだろう。失敗したものの、2021年1月にアメリカで起きた議事堂襲撃暴動も暴力によってトランプが落選したという結果を変えようと試みたものと言える。

世界の武装化と危険の状況をモニターしているArmed Conflict Location and Event Data Project( ACLED)は、2021年1月の暴動の可能性を事前に検知して警告を発していた。そして、2022年5月3日にアメリカ中間選挙に先立って、反主流派の武装化と暴力的イベントについて警告するレポートを公開した。アメリカ国内では暴力による社会、政治変化のきざしが出て来ている。

私は2018年の段階でアメリカ国内はすでにハイブリッド内戦とも言える状態に入りつつあると書いた(『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』角川新書)が、全くと言っていいほど対策されていなかったおかげで悪化の一途をたどっている。

先日公開されたNATOの戦略コンセプトは、いまだにロシアと中国を主たる敵としていた。しかし、外の問題よりも内側から破壊されることへの対策は考えられていない。グローバルノースの反主流派はロシアや中国が生み出したのではなく、グローバルノース各国の国内で発生したものだ。それを国外勢力に利用されたに過ぎない。今回、コロナ禍で親ロシア派が拡大するのを防げず、ウクライナ侵攻でいいように利用されるのを見過ごしてしまったことからわかるように検知も防御もできていない。

課題の多い日本の今後

民主主義を標榜するグローバルノースは、数の面でも暴力化という面でも危機に直面している。グローバルノースの一員である日本も難しい立場に立たされることになるだろう。

くわえて日本はグローバルノースであって欧米ではなく、アジアであってグローバルサウスではない数少ない国だ。同じ境遇の国は韓国くらいだ。グローバルノースとグローバルサウスのどちらの情報やネットワークから距離を置かれており、限定された情報と国際連携しかない。グローバルノースなのに、国際世論に影響を与えるメディアも著名人もない。

日本がグローバルノースあるいはアジアで影響力のある立場になりたいなら、ミャンマーのクーデターやウクライナ侵攻は外交の大失態ととらえるべきなのだが、寡聞にしてそういう話を聞いたことがない。

防衛省は戦略的に情報発信する仕組みを構築している。関係あるかどうかわからないが私のところには複数の関係機関から「海外で発信されている日本に関する誤った情報をリアルタイムで収集し対処する」仕組み作りのご相談をいただいた。誤りを正してもその効果はきわめて限定的で、場合によっては逆効果になることもある。なにかの間違いであってほしい。課題は山積みである。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ベラルーシ、ロシアと9月軍事演習 極超音速中距離ミ

ワールド

米ロ会談順調なら、早期にゼレンスキー氏含め3者会談

ワールド

欧州首脳、和平協議「ウクライナ関与必要」 トランプ

ワールド

次期FRB議長を「早めに指名」、候補3─4人に絞り
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ「衝撃の物体」にSNS震撼、13歳の娘は答えを知っていた
  • 3
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が教える「長女症候群」からの抜け出し方
  • 4
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 5
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 6
    マスクの7年越しの夢...テスラ初の「近未来ダイナー…
  • 7
    トランプ「首都に州兵を投入する!」...ワシントンD.…
  • 8
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 9
    「ホラー映画かと...」父親のアレを顔に塗って寝てし…
  • 10
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 1
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 5
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 6
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 7
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 8
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 9
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 10
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story