コラム

ファクトチェックの老舗Snopesの剽窃事件の裏にある問題

2021年09月02日(木)17時20分

ファクトチェックのパトロン、グーグルとフェイスブック

フェイスブックの広報担当者によれば、世界で70以上のファクトチェック機関と提携しているのは同社だけだそうだ(BuzzFeedNews)。影響力を増しているのは確かなようだ。

グーグルは、2018年にジャーナリズムへの支援で3年間でおよそ300億円を投じると発表した。ハーバード大学と共同でDisinfo Labを設立し、Poynter、スタンフォード大学、ローカルメディア協会と提携し、米国の若者のデジタル情報リテラシー教育を行う予定としている(The Washington Post)。こちらも影響力を増しつつある。

最終的な「ファクト」を決めるのはフェイスブック自身だった

フェイスブックのファクトチェックがどのように行われているかを見ると、その問題は明らかである。フェイスブックは数多くのファクトチェック団体にファクトチェックを依頼している。ファクトチェッカーはフェイスブックの投稿を確認し、問題があると判断した場合にラベルをつける。投稿者は決定に異議を申し立てることができる。この後にフェイスブックがファクトチェックの結果を無視できる仕掛けが用意されていた。

投稿者にフォロワーが多かったり、フェイスブック社内に担当マネージャーがついている広告主だった場合は、マネージャーがファクトチェッカーの指摘を確認する。そして優先度の高い問題あるいはPR上の問題があると判断した場合は、「エスカレーション」する=社内の管理システムに登録する。エスカレーションすると上司に通知がゆき、上司はほとんどの場合24時間以内に対応を決定する。

エスカレーションの対象となる投稿の選定と、その後の扱いはフェイスブック社内で決定される。ここが大きな問題である。ファクトチェック・パートナーが介在しないのである。BuzzFeedNewsによると、フェイスブックの社内の連絡用システムにひとりの社員が、右派ページからのファクトチェックに対する苦情がエスカレーションされ、同日中にその右派ページに有利な形で解決されたケースが複数あったと投稿した。

NBCにもフェイスブックが右派に規制を緩めているという記事が掲載された。極右のブライトバート、Diamond and Silk、PragerUなどのページが、フェイスブックのポリシーに反してもペナルティを課されないようにしていたのだ。しかもエスカレーションの約3分の2は保守派のページの問題に関するものだった。

BuzzFeed NewsとNBC Newsが入手した内部資料によると、フェイスブックは問題の指摘を受けたページへのペナルティの決定を控えたり、政治的な反発や広告収入が減るのを恐れてファクトチェック・パートナーの判断を無視していた。もちろんフェイスブックはそうした理由や証拠を公開していない。

フェイスブックは騙されやすい人を広告ターゲットにしていた

フェイスブックもグーグルもファクトチェック・パートナーからすると相当の予算を支払っているが、彼らの売上と利益からするとわずかなものにすぎない。2019年2月のThe Atlanticの推計では、年間数百万ドル(数億円)を支払っている。しかし、その時点でのフェイスブックの四半期の売上は169億ドル(1兆6,900億円)だったことを考えると、フェイスブックにとってのファクトチェックは、「なにもしないよりはやった方がいいが、それ以上の意味はない」というくらいのものだろうと記事では皮肉っている。

さらに問題なのは、フェイスブック自らがデマや陰謀論をビジネスに利用していたことだ。The Markupによればフェイスブックはエセ科学に興味を示している7,800万人以上を広告ターゲットとしてカテゴリー化していた。平たく言うとエセ科学に引っかかりやすい人に狙いすまして広告を出せる。陰謀論(New World Order (conspiracy theory))、ケムトレイル陰謀論(Chemtrail conspiracy theory)、ワクチン疑惑(Vaccine controversies)、ユダヤ人差別者(Jewhater)、ユダヤ人陰謀論(History of 'why jews ruin the world.)などもカテゴリーとして存在していた。

この記事では広告主自身(携帯電話の電磁波から頭を守る帽子)も知らない間に勝手にそのカテゴリーに広告が配信されていたという。フェイスブックが広告の効率を考えた結果だ。広告の「Why You're Seeing This Ad」タブを見ると、"LambsはFacebookがエセ科学に興味があると考える人々にリーチしようとしている "という理由が表示された。真面目に健康のための製品を販売しようとしている広告主(The Markupは広告主にも取材している)にとってもエセ科学よばわりされるのは心外だろう。もちろん、広告主が意図的にこうしたカテゴリーを選ぶこともできる。実際に、The Markupはエセ科学に興味があると考える人というカテゴリーに広告を出稿し、数分で承認されている。

これらのカテゴリーはThe Markupがフェイスブックに取材した後に消去されたが、どれだけの期間、どれほどの利用者にリーチしていたのかは不明だ。そしてまだ確認されていないこうしたデマやフェイクの格好のターゲットになるカテゴリーがどれだけあるかもわからない。

ここで根本的な疑念が浮かんで来る。

「本気でファクトチェックの効果を出したいなら、該当する内容に騙されやすい人に優先的にファクトチェックの結果を表示すればいいのではないか?」

もちろん、フェイスブックはそんなことしない。なぜなら、それは利用者が望んでいることはないからだ。むしろ、もっと騙されてくれた方がアクセスは増え、広告収入も増える。つまりフェイスブックにとってファクトチェックは優先すべきものはないのだ。騙しやすい、というと聞こえは悪いが、「関心や興味を持っているテーマ」に即した広告を表示しているのだ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、6000件減の21.6万件 7

ワールド

中国、日本渡航に再警告 「侮辱や暴行で複数の負傷報

ワールド

米ロ高官のウ和平案協議の内容漏えいか、ロシア「交渉

ワールド

サルコジ元大統領の有罪確定、仏最高裁 選挙資金違法
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 5
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 10
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 6
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 7
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story