コラム

アメリカ大統領選に投入されていた秘密兵器 有権者監視アプリ、SMS大量送信、ワレット

2020年11月02日(月)18時00分

トランプとバイデンともに有権者監視アプリを配布していた

トランプとバイデンはどちらも選挙キャンペーン用のアプリを配布していた。表向きは自陣営からの情報提供のためのものであるが、そこで個人情報を収集し、活用している(MIT Technology Review、2020年6月21日)。

4月中旬に配布が始まったトランプのアプリ(Official Trump 2020 app)は同記事の書かれた6月の段階で78万ダウンロードされていた。アプリを利用するには電話番号、メールアドレス、フルネーム、郵便番号の登録が必要で、スマホの連絡先をアプリと共有するように促す。さらに位置情報、SDカード情報の読み取りや削除、ブルートゥースへのアクセスの許可も得ていた。選挙の看板などにブルートゥースのビーコンが装着されており、その近くを通ったことがわかるようになっていた。

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バイデンの配布しているアプリVote Joe appはトランプのアプリよりも要求するアクセス権限は少なく、「relational organizing」に狙いが絞り込まれていた。アプリをインストールすると、連絡先を共有するように求められる。共有された連絡先は有権者名簿と対照され、アプリ利用者に連絡先の知人をバイデンに投票するようメッセージを送って説得するよう勧める。

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どちらのアプリも利用者の行動や人間関係を監視し、行動を促すように作られていることがわかる。MIT Technology Reviewはこれらのアプリが目指しているのはインドで用いられているアプリで同じであると指摘し、もはや監視ツールになっていると断じた。インド政府のアプリについては以前ご紹介した通り、デジタル権威主義国を支えるためのネット世論操作の基盤のひとつとなっている。

次の兵器ウォレット

ただし、すでにテキストメッセージの問題は認識されており、すでに事業者は次のツールを手に入れている。それがウォレットだ。スマホには標準でウォレットがインストールされており、パスとしてクレジットカード情報やクーポン、会員権などを保管しておくことができる。日本でも多くの人がクレジットカードやSuica、映画のチケット、Pontaなどのパスをウォレットに登録している。これらと同じように政党支持者が会員証をパスとして登録できる。

政党が支持者向けの会員権をパスとして発行し、ウォレットに加えてもらうことで支持者はいつでも政党の提供する情報にアクセスすることができるようになり、政党も支持者の情報にアクセスできる。そして、政党から自由に自動的に通知を送信することができるようになる。

アプリに比べて開発の手間がかからず、テキストメッセージに比べると送信が自動化でき、さらにしばらくは法規制の手が及びそうになく、ファクトチェック機関の目に止まることもない。言うことなしである。すでにTelephone Town Hall Meeting (TTHM)社のWallet Passというサービスが利用されている。

法規制がネット世論操作に追いつくことはない

私は以前書いた記事「フェイスブック社の新方針はネット世論操作を利する!?」(2019年5月8日)でプライバシー 重視を謳うフェイスブックの新方針がネット世論操作にとって都合のよいものになると指摘した。

新方針で具体的に問題となるのはWhatsAppメッセージの暗号化(WhatsAppはフェイスブックグループ)、保存期間の短縮、グループアプリ(フェイスブック、WhatsApp、インスタグラム)で相互にメッセージを送り合えるようにすることだ。

ネット世論操作に用いた場合、暗号化されているので第三者には解読できず、長期保存されないので後から検証することもできない。証拠が残らなくなるのである。ネット世論操作はパブリックからプライベートへとシフトしているのだ。フェイスブックはその変化に合わせているかのように見える。

前掲のthe Center for Media Engagementのレポートでも選挙キャンペーンがパブリックなものからプライベートなツールを用いたものに移行しつつあると指摘している。秘匿性と影響力は上がり、有権者への監視能力も高まっている。さらにフェイスブックなどSNS企業が向かう方向性=サービスのプライベート化にも合致している。フェイスブックなどのSNS企業は、表向きプライバシー重視のプライベート化でこうした変化に対応して選挙マーケットを失うことを防ごうとしているようにも見える。

プライベートな通信を監視対象にするにはさまざまな問題があり、簡単には法規制で縛ることはできないだろう。それ以上にファクトチェック機関が誤情報を発見し、検証することも難しく、さらに検証結果を同じネットワークに流すことはできない。

テキストメッセージやウォレットのパスはあくまでもプライベートなサービスなので、そのネットワークを管理している相手から発信するのでなければ誤情報を受信した相手に届けることができない。加えて言うならネット世論操作ツールを積極的に理由しているのは政府と野党なのだ。さまざまな面から見て論操作の進化に法規制が追いつくことは難しいだろう、少なくともしばらくの間は。

以前の監視資本主義に関する記事で、グーグルやフェイスブックなどの監視資本主義企業は法規制のないのを利用して勢力を拡大したと書いた。政党も同じことをしているのだ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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