コラム

「闇将軍・小沢一郎」は幻想だ

2009年12月22日(火)19時12分

 発足からちょうど3カ月経った鳩山政権だが、12月は悪いニュースばかりが続いている。経済は低迷から抜け出せず、米軍普天間基地の移設問題を先送りにしたことでアメリカににらまれている。そして世論調査では、鳩山政権に対する国民の失望が垣間見えている。

 9月に鳩山政権が誕生する直前、私は新政権の強みと弱みを列挙した。弱みとして挙げたのは鳩山由紀夫、民主党の小沢一郎幹事長、そしてメディアだ。この3つの組み合わせが、政府を崩壊させかねない悪循環を招く恐れがあると予測した。

 中国の習近平(シー・チンピン)国家副主席と天皇の特例会見をめぐる騒動を見ると、小沢の権力は異常なほど強いように見える。しかし私は、彼の影響力は誇張されていると考えている。要因の一つは、小沢が民主党党首の座を鳩山に譲った時から、メディアが小沢を政権の「闇将軍」に仕立てたがっていたこと。それに、内閣と政党与党は一体と言わんばかりの非現実的なメディアの見方も、小沢に対する誤解を招いた。

 一つ目の要因について言えば、鳩山を含む民主党議員が小沢の影にのまれているだけだ。もっとも、影響力の影ではない。小沢は独特のカリスマがあり、新聞の見出し映えする受け答えができる。その点、鳩山は学者肌で何とも退屈だし、首相として発言に注意しなくてはならない。その結果、小沢に影響力があるように見えるが、実際はそれほどではない。

■自民党政権時代よりはまし

 小沢が来年度の予算編成をめぐって激しい政府批判を行ったとする報道は、彼の影響力の限界を示しているとも考えられる。来年の参議院選挙で勝利するため、小沢は党のマニフェストで掲げた政策の一部を変更するよう提案しているが、これには異論も出るだろう。

 小沢の影響力をめぐる議論の盲点は、対象が小沢一人ということだ。自民党政権の頃にはあり得なかった。巨大なネットワークの中の大勢の人が「拒否権」を握っていたからだ。確かに小沢は厄介な存在だが、予算編成に少しでも関係するすべての委員会や小委員会の委員長に発言権がある自民党の政策決定システムほど干渉的ではないだろう。

 拒否権を握っているのが1人なら、説得や協力を要請することもできるが、自民党の政策決定システムではそうはいかない。小沢の役割をめぐる議論を行う場合、自民党ならどうだったかを忘れてはいけない。

■弱腰リーダー像の払拭が課題

 問題はむしろ小沢ではなく、鳩山だろう。政権発足当初、鳩山は組閣をめぐって政治的空白を生み出し、国民新党の亀井静香代表にその隙間を埋めさせた。その役を今回は小沢が担ったわけだ。

 鳩山は、偽装献金問題をめぐって東京地検が首相を起訴しない方針を示したことで小さな勝利を収めたが、もっと大きな課題を抱えている。自らの政府を率いる力がないという印象を払拭できるかどうかだ。

 今のところ、国民はまだ民主党を見捨てていない。しかし、政府を率いているのは首相だと示す必要がある。閣僚の間や、小沢と政府との間で意見の不一致や論争があろうとも、最終決断を下すのは自分だと鳩山がはっきり示せれば、致命傷にはならない。

 鳩山は自分の考えをもっと示すべきだし、私たちも彼の意見にもっと耳を傾ける必要がある。そうしなければ、今後も小沢の並外れた個性が政府のイメージを支配し続け、メディアはその混乱を面白おかしく伝えるだろう。そして政権の支持率は下がり続ける。鳩山政権は今、発足当時から私が恐れていた悪循環に陥る一歩手前まで来ている。


[日本時間2009年12月21日(月)19時49分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸、円安が支え 指数の方向感は乏しい

ビジネス

イオンが決算発表を31日に延期、イオンFSのベトナ

ワールド

タイ経済、下半期に減速へ 米関税で輸出に打撃=中銀

ビジネス

午後3時のドルは147円付近に上昇、2週間ぶり高値
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story