コラム

日本と韓国の対立を激化させたアメリカ覇権の衰退

2019年08月28日(水)18時00分

同時に日韓対立は、世界秩序の不安定化というもっと大きな危機の一部であり、日韓関係をはるかに超えた影響を地域全体に及ぼす可能性が高い。

グローバル化、アメリカの覇権、戦後世界秩序──いずれも同じ国際体制の別称だ。言うまでもなく、このシステムの基盤になったのは規制のある市場資本主義、私有財産制、法による統治、国連やWTO(世界貿易機関)といった国際機関による紛争の裁定であり、その全てが暗黙的または明示的に米軍と同盟国の軍事力によって支えられてきた。

そして中国の台頭を促し、外交と貿易の両面で少しずつ中国を国際秩序に取り込んできたのも、このシステムだった。中国国内では排外主義的なプロパガンダの影響もあって、アメリカは中国が大国に成長するのを阻止しようとしているという見方が広く支持されているが、実際にはアメリカは中国を排除するどころか、中国の発展と国際秩序への統合を強化する政策を過去50年近く続けてきた。

ナショナリズムの復活

だが、全ての成功はその内部に自壊の種をはらんでいる。グローバル化、つまり貿易と資本の(そして徐々にだが労働力の)世界経済への統合は、未曽有の豊かさを生み出したが、同時に社会の不安定化も増大した。伝統的な社会階層はかつてない生産コストの低下と移民の増加で混乱し、あるいは破壊された(史上最大規模の移民を生み出した2大要因はグローバル化と社会の高齢化だ)。

その結果、ナショナリズムと外国人排斥の流れが世界中で強まった。ある意味ではトランプの登場もイギリスのEU離脱(ブレグジット)も、時に右派寄りな安倍晋三首相の言動も、グローバル化の落とし子なのだ。

magw190828-carl02.jpg

GSOMIA破棄を訴える看板の前を通り過ぎるソウル市民(8月22日) AP/AFLO

ナショナリズムは国民同士や国家同士を分断する。その根底には「他者」の概念が潜んでいる。この他者が国家にとっての諸悪の根源と見なされる。

ナショナリズムはまた、ほぼ例外なく国際関係を「ゼロサムゲーム」と見なす。つまり、他者の利益は自分たちの損失と考えるのだ。

こうした部族主義的意識は、歴史を通じて国家間関係の指導原理だった。アメリカの覇権下で進行した経済、社会、政治のグローバル化によって、世界のナショナリズムが一時的に勢いを失っていただけのことだ。

グローバル化の落とし穴

だが、このシステムに制度疲労が目立ち始めると、ナショナリズムは復活した。多くの国々(特に中国)が富と力を増大させる一方で、アメリカの役割と影響力は次第に小さくなった。

同格のライバルとして中国が台頭し、トランプはアメリカの孤立化と競争力低下を引き起こした。その結果、アメリカの力が(相対的に)低下すると、アメリカを中心とする同盟関係はほころびを見せ始めた。

日韓対立、特にいわゆる徴用工やホワイト国、謝罪と賠償の問題は、根本的には国の名誉をめぐる問題だ。その問題がここへきて再燃した背景には、以上のような国際秩序の変化がある。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

メラニア夫人、プーチン氏に書簡 子ども連れ去りに言

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ安全保証を協議と伊首相 NAT

ワールド

ウクライナ支援とロシアへの圧力継続、欧州首脳が共同

ワールド

ウクライナ大統領18日訪米へ、うまくいけばプーチン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 10
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 6
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 7
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 8
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story