コラム

劇場版『鬼滅の刃』は慌てて観るには値しない

2020年11月24日(火)20時17分

劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編公式サイト  kimetsu.com/anime/

<『鬼滅の刃 無限列車編』を観に行くのは、原作漫画を全部読んでからでも遅くない。万難を排しても今観るべき時事的アニメ作品は他にある>

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」──こう言ったのは、江戸後期の長崎・平戸藩九代目藩主、松浦静山であった(『甲子夜話』=かっしやわ)。つまり失敗には必ず原因があるが、成功には理外の運や天賦が作用するという事である。

今次のいわゆる『鬼滅の刃』ブームが、まさにこの言葉で形容するのにふさわしいと言えよう。同劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』は11月末現在、日本歴代興行収入3位に躍り出た。なぜこれほどまでに流行っているのか。したり顔で解説する人間を私は信用しない。ましてアニメ評論家でも何でもないものが、それを言うのは殊更頂けない。『鬼滅』ブームは、正しく「不思議の勝ち」の部類であり、その背景を探るという試みはすべて後付けの理屈である。

運否天賦が左右した作品の運命

それを言うなら、安彦良和がキャラデザを担当したガンダムシリーズは今や世界的な認知を得ているのに、同じ氏が監督した『ヴィナス戦記』はなぜ不発に終わったのか。或いは『進撃の巨人』が大ヒットしたのに、なぜ設定が類似しているルネ・ラルーの『ファンタスティック・プラネット』の一般的認知が低いのか。大友克洋の『AKIRA』が原作漫画と共にジャパニメーションの代名詞として数えられているのに、『童夢』の方がいまいちなのはなぜか。押井守の『御先祖様万々歳!』はなぜマニア向け扱いなのか。今敏の『東京ゴッドファーザーズ』が日本よりも西欧で評価が高いのはなぜか。『ライトスタッフ』は知っていても『王立宇宙軍 オネアミスの翼』を観たことが無い日本人が多いのはなぜか......。

......等々の疑問をも合理的に説明しなければならない。だが、それを説明できる者などおるまい。事程左様に、ある作品のヒットの理由というのは全部後付けで説明できるが、ではなぜその時期にその作品だけが同種の作品群から突出して成功したのかは「不思議の勝ち」の範疇であり、究極的には運否天賦である。

もちろん、作品の高いクオリティーが担保されているというのが大前提であるから、『ロスト・ユニバース』がヒットするわけがない。しかし、ある程度のクオリティーをクリアーしている作品群の中から、どれがヒットするなど誰にもわからないのである。

それで言うなら『西部新宿戦線異状なし』が漫画的に大ヒットしても良いし、『気分はもう戦争』がハリウッドで映画化されないのは不思議である。結局、「何が当たるかわからない」からこそ、作者も編集者もプロデューサーも知恵を絞ってあの手この手の設定を考えて作品群を創る。その中から何かの拍子でヒットしたものが、所謂「社会現象」とか「国民的ヒット」と呼ばれる。『鬼滅』も然りである。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

最近の急速なウォン安・円安、深刻な懸念共有=日韓対

ワールド

米戦略石油備蓄の第1弾、来週末までに供給 8600

ビジネス

日立とGEベルノバ、東南アジアで小型モジュール炉導

ワールド

米商務省、AI半導体輸出の新規則案を撤回 公表から
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 2
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切りは常軌を逸している」その怒りの理由
  • 3
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド太平洋防衛
  • 4
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革…
  • 5
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 6
    「イラン送りにすべき...」トランプ孫娘、警護隊引き…
  • 7
    イラン攻撃のさなか、トランプが行った「執務室の祈…
  • 8
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 9
    『ある日、家族が死刑囚になって』を考えるヒントに…
  • 10
    ファラオが眠る王家の谷に残されていた「インド系言…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 7
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 8
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 9
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 10
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story