コラム

「中の人」の視点で終わった『東京2020オリンピック SIDE:B』

2022年06月27日(月)14時59分

オリンピック反対の声はまともに反映されなかった 映画『東京2020オリンピック SIDE:A/SIDE:B』公式サイトより

<選手たちの多様性を繊細に描いた『SIDE:A』は嬉しい驚きだったが、『SIDE:B』 では五輪反対派の主張を置き去りにするなど複雑な政治問題を理解する能力の限界を露呈した>

6月24日、東京2020オリンピック公式記録映画『東京2020オリンピック SIDE:B』が公開されたので、前回の『SIDE:A』に引き続き鑑賞してきた。私は現在でもオリンピック開催について批判的な立場をとっているが、そうした立場から見ても『SIDE:A』は予想に反して良質のドキュメンタリーだった。『SIDE:B』は、一転して陳腐な内容に失望させられた。


「分断を乗り越える」という陳腐なテーマ

事前の情報では、『SIDE:A』はオリンピックをアスリート側の視点から描き、『SIDE:B』は非アスリート側の視点から描く、といわれていた。しかし実際に観てみると、『SIDE:B』にもアスリート側の視点は登場するので、この区別は適切ではない。両者の違いはむしろテーマの差異に見出すことができる。つまり、『SIDE:A』のテーマは多様性であり、『SIDE:B』のテーマは単一性なのだ。様々なマイノリティが織り成す多様な物語の集積である『SIDE:A』に対して、『SIDE:B』は、新型コロナウイルスなどによって生じた社会の分断をいかに統合するか、という点に主題が置かれている。

しかし、この「分断を乗り越える」というテーマが、いかにも陳腐な描かれ方をしているのだ。ありていにいえば、東京五輪の組織委員会の公式見解をなぞっているに過ぎない。オリンピックの開催にはいろいろな問題はあったが、最終的には子供の笑顔が全て。未来の世代への継承ができたのでよかったですね。めでたしめでたし。

しかし、この社会に存在する政治的な対立はそんな単純な理屈で解消できるものではない。子供の笑顔というモチーフは序盤から繰り返し登場する。しかしその演出はありきたりなもので、『SIDE:A』で描いてみせた様々な人物たちの複雑な表情に比べると意外性に欠けており、途中から飽きてくる。前回に比べて上映時間が長く感じてしまった。

また、東京五輪のゴタゴタをすべて浄化し、日本社会を再統合する祭儀として用いられているのが、開会式で披露された森山未來のダンスである。しかしこのダンスが「鎮魂」を表していることは開会式のプレスリリースなどで既に伝えられており、世界中の皆が知っていることだ。それをこの記録映画の結末でそのまま反復するのは、あまりにも安直だ。河瀨直美の独自の視点で開会式で披露されたダンスを再解釈するのならば理解できるが、アナウンサーが実況中継で読み上げるようなテーマをこの映画のクライマックスで披露するなら、わざわざカンヌ国際映画祭受賞者をこの記録映画の監督にした意味がないと言わざるを得ない。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story