コラム

「中の人」の視点で終わった『東京2020オリンピック SIDE:B』

2022年06月27日(月)14時59分

「東京2020オリンピック」は、大会の運営に関して様々な問題が発生し、国内外から批判された。もちろんこの映画でもそのような問題については触れられており、特に狂言師の野村萬斎が開閉会式演出の総合統括の辞任に追い込まれたことや、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会を辞任した森喜朗・元首相の失言などについては批判的に扱われている。しかし、オリンピック開催に賛成する者からでさえ問題がある人物として扱われていた国際オリンピック委員会(IOC)会長のトーマス・バッハは、ほとんど善人として扱われているし、森喜朗も映画の結末では最終的に赦されている。オリンピック反対派の主要な論点の一つである再開発の問題に関しては全く触れられない。オリンピックの商業主義の問題は、たとえば野村萬斎が考えるオリンピックの開会式の芸術性を広告代理店が理解しない、という文脈で理解、やや皮肉めいた視線が向けられるだけだ。

開会式関係では、五輪開会式の演出の総合統括だった電通出身の佐々木宏に関してはその辞任も含めて悪意を持って描いているが、過去のいじめ問題により直前で辞任することになった五輪開会式の作曲担当だった音楽家の小山田圭吾や、過去にユダヤ人虐殺を揶揄するコントを行っていたとして解任された開閉会式の演出ディレクターだったお笑い芸人の小林賢太郎については全く触れられていない。森や佐々木が辞任したことによって組織委には12人の新たな女性理事が誕生したが、河瀨直美はその様子を誇らしげに描いている。そしてこれ以降、組織批判はほとんどなくなる。

『SIDE:A』とは異なり、『SIDE:B』では河瀨直美はオリンピックに肩入れしていることを隠そうともしていない。それは『SIDE:A』では入っていなかった撮影者の声、つまり河瀨自身の声が、『SIDE:B』で入っていることからも分かる。理由は不明だが、撮影している間に次第に情が移ってしまったのかもしれない。この監督は『SIDE:B』では、『SIDE:A』で持っていた神の視点、観察者の視点を放棄し、オリンピックの「中の人」として振舞っているのだ。

選手の描き方は「現場プロフェッショナルロマン主義」

『SIDE:A』では、「新型コロナの蔓延や組織委の不祥事によって東京オリンピックの開催に批判が集まっているが、その一番の被害者は選手だ。自分の出来ることを頑張っている選手を応援しよう」という「現場プロフェッショナルロマン主義」はほとんど見られなかった。しかし『SIDE:B』では、「選手のためにオリンピックを開催しよう」というプロパガンダに同調する姿勢が露骨に出ていた。もちろん選手だけではなく、オリンピックを支える裏方の視点もこの映画では描かれ、安直な「現場プロフェッショナルロマン主義」イデオロギーが各方面で頻出している。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、6月以降の数回利下げ予想は妥当=エストニア

ワールド

男が焼身自殺か、トランプ氏公判のNY裁判所前

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story