コラム

池江選手に五輪辞退をお願いするのは酷くない

2021年05月16日(日)20時06分

この期に及んで、なぜオリンピックを中止できないのか。それはオリンピックがアスリート・ファーストのイベントだからではなく、オリンピックというイベントが極度に資本主義化されてしまい、もはや止めることができない自動機械になってしまっているからだろう。電通は、今回の東京オリンピックを開催するにあたって、スポンサーの一業種一社ルールを撤廃した。その結果、日本の経済界はメディアも含めてオリンピックに群がり、人々を巻き込んで、制御できない怪物をつくりだした。

いまさらオリンピック中止といえない人たちは今、開催の正当化に躍起になっている。内閣官房参与の高橋洋一は、日本のコロナ感染者数を、他国と比べれば「「さざ波」笑笑」と表現した。この程度でオリンピックを中止すれば、世界の笑い物になるというのだ。しかし問題は他国との比較ではない。現実の日本で、無視できない数の人々がコロナに感染していることなのだ。

利用される選手

オリンピック選手に選ばれた頃から、池江選手はオリンピックの正当化を図る人たちにとって都合の良い正当化材料に使われてきた。オリンピック反対派が池江選手に辞退あるいは反対表明することをお願いするずっと以前から、「池江選手のためにもオリンピックを開催しなければいけない」という主張や、「池江選手の前でオリンピックに反対できるのか」という挑発が、オリンピック賛成派によって行われてきたのだ。

オリンピックのアイコンとして巻き込まれる選手に対しては、同情したくなる気持ちもわかる。しかし一方で、オリンピック選手は市民と、上述した構造的敵対関係のうちにあり、選手たちはその事情を理解したうえでオリンピックの側に立っていることも事実だ。

確かにオリンピックの是非について、選手を中心に議論したり、直接的に選手を巻き込んで議論したりするのは、イベント資本主義の象徴と化スポーツ大会の問題を追求する上では本質的な問題ではないのでやめたほうがよいかもしれない。しかし一方で、いかに一選手といえども、現状でのオリンピックの開催について全くの無関係、無関心でよいということにもならない。

もちろんスポーツ選手にとってオリンピックに出たい気持ちがあること自体は非難すべき事柄ではない。だがそのことによって、オリンピックの中止を望む世間と何らかのコンフリクトが生じる可能性があることは甘んじて受け入れるべきだ。選手の気持ちについても、オリンピック中止を求める人が特権的に配慮しなければならない事柄でもない。

スポーツの政治化が悲劇であることは間違いない。しかし一方で、この世の中で本質的に非政治的なものも存在しないのだ。


プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと)  埼玉工業大学非常勤講師、批評家
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿 
Twitter ID:@hokusyu82 『

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

7&iHD、豪州のセブン─イレブンを1670億円で

ビジネス

インタビュー:日本株に慎重、ROEに改善余地=ハリ

ワールド

イスラエルとハマス、ガザ戦闘休止継続で合意

ビジネス

午後3時のドルは147円付近で一進一退、一段安警戒
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ間に合う 新NISA投資入門
特集:まだ間に合う 新NISA投資入門
2023年12月 5日号(11/28発売)

インフレが迫り、貯蓄だけでもう資産は守れない。「投資新時代」のサバイバル術

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「大谷翔平の犬」コーイケルホンディエに隠された深い意味

  • 2

    米空軍の最新鋭ステルス爆撃機「B-21レイダー」は中国の次世代超音速ミサイルにかなわない?

  • 3

    ロシアはウクライナ侵攻で旅客機76機を失った──「不意打ちだった」露運輸相

  • 4

    <動画>ロシア攻撃ヘリKa-52が自軍装甲車MT-LBを破…

  • 5

    なぜアメリカは今、ウクライナのために「敗戦」を望…

  • 6

    ミャンマー分裂?内戦拡大で中国が軍事介入の構え

  • 7

    ヨーロッパに「鉄のカーテン」が復活──ロシアの新種…

  • 8

    「超兵器」ウクライナ自爆ドローンを相手に、「シャ…

  • 9

    1日平均1万3000人? 中国北部で「子供の肺炎」急増の…

  • 10

    「朝ごはんを、こども食堂で」 子どもの朝食欠食、…

  • 1

    <動画>ロシア攻撃ヘリKa-52が自軍装甲車MT-LBを破壊する瞬間

  • 2

    ロシアはウクライナ侵攻で旅客機76機を失った──「不意打ちだった」露運輸相

  • 3

    「超兵器」ウクライナ自爆ドローンを相手に、「シャベル1本」で立ち向かうロシア兵の映像が注目集める

  • 4

    「大谷翔平の犬」コーイケルホンディエに隠された深…

  • 5

    下半身が「丸見え」...これで合ってるの? セレブ花…

  • 6

    またやられてる!ロシアの見かけ倒し主力戦車T-90Mの…

  • 7

    ヨーロッパに「鉄のカーテン」が復活──ロシアの新種…

  • 8

    <動画>裸の男が何人も...戦闘拒否して脱がされ、「…

  • 9

    「なぜ隠さなければならないのか?」...リリー=ロー…

  • 10

    米空軍の最新鋭ステルス爆撃機「B-21レイダー」は中…

  • 1

    <動画>裸の男が何人も...戦闘拒否して脱がされ、「穴」に放り込まれたロシア兵たち

  • 2

    <動画>ウクライナ軍がHIMARSでロシアの多連装ロケットシステムを爆砕する瞬間

  • 3

    「アルツハイマー型認知症は腸内細菌を通じて伝染する」とラット実験で実証される

  • 4

    戦闘動画がハリウッドを超えた?早朝のアウディーイ…

  • 5

    リフォーム中のTikToker、壁紙を剥がしたら「隠し扉…

  • 6

    <動画>ロシア攻撃ヘリKa-52が自軍装甲車MT-LBを破…

  • 7

    ここまで効果的...ロシアが誇る黒海艦隊の揚陸艦を撃…

  • 8

    <動画>ウクライナ軍ドローンが、「奪還」したドニ…

  • 9

    ロシアはウクライナ侵攻で旅客機76機を失った──「不…

  • 10

    また撃破!ウクライナにとってロシア黒海艦隊が最重…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story