コラム

地方都市における超長期戦略 衰退シナリオからの脱却のために

2021年08月03日(火)14時30分

ちなみに北前船の歴史を振り返ると、その発展を支えたのも様々なイノベーションであることがわかる。弁才船という走破性のよい形状、丈夫な帆布の発明(松右衛門帆布)、江戸幕府による航路整備(インフラづくり)、寄港時に無税にするように幕府から各藩への指示(規制緩和、自由貿易支援)、人口増による肥料の需要増(マーケットの成立)に、船首がリスクテイクする買積船というビジネスモデル(売買しながら航海)が組み合わさることで、北前船の隆盛がもたらされた。

しかしながら、この北前船のビジネスモデルも、電信技術の発達や鉄道網整備といった新しい破壊的イノベーションによって、衰退していく。特に電信技術の発達は、情報格差による商品の価格差を利鞘にするビジネスモデルを直撃した。

つぎに、観光業という側面からでは、山代温泉は開湯1300年の歴史がある他、市内に山中温泉、片山津温泉という3つの温泉郷を抱えており、高度成長期の団体旅行ブームに合わせた観光モデルで発達してきたため、近年の団体旅行型から、個人旅行へというパラダイムシフトへの対応が急務となっていた。そこにインバウンド需要が神風として明るい希望をもたらしていたが、それも今回のコロナ禍による急激な落ち込みにより大きなダメージを与えている。

加賀市の戦略的取り組み

こうした状況の中、市長に就任した現在の宮元市長は強烈なリーダシップの中以下のような施策を次々と繰り出し成果を出している。

・行政窓口業務:行政手続きの139申請を電子化した他、マイナンバーカードの申請率76.5%(令和3年4月30日時点)として、全国のトップを走る。

・教育分野:コンピュータークラブハウス加賀の運営や、加賀ロボレーブ国際大会の開催による小学生からのデジタル教育、ロボティクス教育の支援を実施。

・新産業育成:空の産業集積をめざし、加賀市の3Dドローンマップを作成し、ドローンでの医薬品搬送の実証実験を行った。また、直近では東京大学らと連携し、温泉熱等を利用したカカオの森作りなどにも着手し、新たな産業づくりへの取組を開始している。

さらに、前述した「e加賀市民制度」はこれまでの市民・市民以外に加えて「電子市民」という新たなカテゴリーを設けて、 宿泊費支援やオンデマンドタクシーの利用や法人設立支援など官民の様々なサービスを提供する。これまで加賀市と接点のなかったような人々へも、加賀市の魅力をオンライン・オフラインの両面から届け、 リモートワーカー及び移住者を増加させ、将来的な人財や産業集積を図ることを目的としている。

当然他府県だけでなく、海外の人とも新たな自治体との関係性づくりをめざしている。従来型のIターン的な移住政策だけではなく、関係人口をデジタル技術で作り出すという先駆的な取組である。この連載でも取り上げた今後増加する多拠点生活者を取りに行く政策でもある。

ダイナミックなルールマネジメントの必要性

限られた人口で、自治体(共同体)を運営していくためには、現状維持だけではなく、従来実施していたことをやめる(リソースの確保)、やり方を変える(デジタル技術や最新テクノロジー)、やり方を変えるためや、新しいテクノロジーを導入するために、ルールを変える・つくる(規制緩和・法整備)が必要となる。

特に従来実施していたことをやめるというのは、ユニバーサルサービスを前提とする自治体(公共)が苦手なことの一つであるが、縮小局面では、やめることによる限られたリソースを確保することが、重要となる。

プロフィール

藤元健太郎

野村総合研究所を経てコンサルティング会社D4DR代表。広くITによるイノベーション,新規事業開発,マーケティング戦略,未来社会の調査研究などの分野でコンサルティングを展開。J-Startupに選ばれたPLANTIOを始め様々なスタートアップベンチャーの経営にも参画。関東学院大学非常勤講師。日経MJでコラム「奔流eビジネス」を連載中。近著は「ニューノーマル時代のビジネス革命」(日経BP)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドのモディ首相、キプロス訪問 貿易回廊構想の実

ワールド

イスラエル・イラン衝突、交渉での解決が長期的に最善

ビジネス

バーゼル銀行監督委、銀行の気候変動リスク開示義務付

ワールド

訂正-韓国大統領、日米首脳らと会談へ G7サミット
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story