コラム

パキスタンが捏造公電でインド批判の怖さ

2010年12月10日(金)18時01分

 パキスタンの日刊紙「ニューズ」は12月9日、民間内部告発サイト「ウィキリークス」が暴露した公電により、パキスタンがインドに関して常々指摘してきた疑惑の数々が裏付けられたと報じた。


 ウィキリークスが公表した在イスラマバード米大使館からの公電で、パキスタンのバロチスタン州やワジリスタン州、その他の部族地域とインドが関わりを持っている十分な証拠が明らかになった(中略)。

 08年にインド西部ムンバイで発生した同時多発テロに、パキスタンの軍統合情報局(ISI)は直接的にも間接的にも関与していないとする公電もあった。そこには、唯一生き残ったテロ実行犯アジマル・カサブの供述に基づくムンバイ当局の調査書類は妙な内容で、「話にならないほど不十分だ」とも記されている。

 インドのディーパック・カプール元陸軍参謀長は無能な戦闘指揮官で、かなりの変人と書かれていたことも暴露された。中国とパキスタンを一つの戦線で同時に倒すという彼の基本戦略は、「現実からは程遠い」とアメリカ側は片付けている。別の公電によれば、カプールは国の治安問題はほとんど気にかけず、自分の懐を肥やすことや軍内部でさらなる崇拝を得ることのほうに関心を持っていたという。カプールとビジェイ・クマル・シン現陸軍参謀長の権力争いのせいで、インド軍が二つに分裂していたことも示唆されている(中略)。

 インドが実行支配するジャム・カシミール州で、軍がひどい人権侵害に関わっていることも記されている。当時のインド軍北部司令部のH・S・パナ司令長官は、ボスニアやコソボで大量虐殺を行い戦争犯罪の罪に問われたスロボダン・ミロシェビッチ元ユーゴスラビア大統領になぞらえられている。


■今まで誰もやらなかったほうが不思議

 唯一の問題は、これらの公電がどれも本物ではなさそうだということ。ウィキリークスが入手した公電のすべて(まだ公開されていない物も含む)を提供されている英ガーディアン紙も、ニューズ紙の記述に該当する公電を見つけられなかった。パキスタンの4紙に掲載されたこの記事には署名がなく、イスラマバードに拠点を置く軍部寄りの通信社オンライン・エージェンシーのクレジットが入っているだけだ。

 驚きなのは、今までこうしたことが起きていなかったことのほうだ。ウィキリークスが握っている公電の大部分はまだ公開されておらず、事前にすべてを入手している新聞社が話題性の強い部分を先取りして報道している状態。例えば、ロシアのウラジーミル・プーチン首相とドミトリー・メドベージェフ大統領の関係を「バットマンとロビン」になぞらえた話は、公電が表に出る数日前に記事になった。

 要するに、自分たちの政治課題に都合のいい公電をでっち上げようと思えば簡単にできる。パキスタンの捏造者たちがもっと器用だったら、公電そのものを偽造することもできただろう。となると、新聞で内容を小出しにするより、すべての公電を今すぐ公表した方がいい。それなら事実チェックもずっと簡単になる。
今回パキスタンで捏造された公電が、ほとんど漫画的だったのは幸いだ。

 もう一つの心配は、インドの米大使館関係者が書いた本物の公電から非常にまずい文書が出てくる可能性があることだ。ブッシュ前政権もオバマ政権も、インドがビルマ(ミャンマー)の軍政を暗黙のうちに支持していることやインド政府内に蔓延する汚職など、多くの不愉快な事実に目をつぶってきた。インドとの政治的・経済的関係を改善するためだ。だが、ニューデリーに駐在する外交官たちが送った公電は、もっと無遠慮に本音を明かす内容だったろうと想像できる。

 ウィキリークスが暴露したパキスタン関連の公電は、印パ両国がお互いを良く思っていないという公然の秘密を裏付けただけだ。米印関係の方が、失うものは大きいだろう。

──ジョシュア・キーティング
[米国東部時間2010年12月9日(木)14時06分更新]

Reprinted with permission from FP Passport,10/12/2010. © 2010 by The Washington Post Company.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中ロ軍用機の共同飛行、「重大な懸念」を伝達=木原官

ワールド

ベネズエラ野党指導者マチャド氏、ノーベル平和賞授賞

ワールド

チェコ、新首相にバビシュ氏 反EUのポピュリスト

ビジネス

米ファンドのエリオット、豊田織株5.01%保有 「
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 4
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 5
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 6
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story