コラム

東京は五輪開催地になぜふさわしいか

2013年11月04日(月)09時00分

今週のコラムニスト:スティーブン・ウォルシュ

[10月29日号掲載]

 初秋になると、わが家は子供たちの学校や地元の運動会でスポーツ三昧になる。「体育の日」という祝日さえある。東京が20年のオリンピック開催地にふさわしい理由は経済や交通網、治安の良さだけではない。日本では、日常の中でスポーツが重視されているからでもある。

 日本には伝統的なスポーツがたくさんあるが、「グローバル」なスポーツを独自に改良したものも少なくない。軟式テニスや駅伝、高校野球や高校サッカーなどは多くのファンを獲得し、競技人口も多い。メディアがスポーツ界の体罰などのニュースを大々的に取り上げること自体、日本人がアマチュアスポーツを重視していることの表れだ。

 昨年ロンドンでオリンピックが開催された時期に家族と共に現地にいたが、街は完全に姿を変えていた。活気ある国際性、歴史遺産や芸術を誇る街なのに、ロンドンはいつも、どこかよそよそしく、陰気で、強欲な都市だと感じていた。しかしオリンピック期間中は、フレンドリーなお祭りの場に一変した。天気にさえ恵まれ、ロンドンにいることが信じられないくらいだった!

 華々しい北京オリンピックの後に、ロンドンには近代オリンピックの華である巨大建築や開会式の演出で競うという選択肢はあり得なかった。準備期間中には、財政状態も悪くまとまりのない都市で、そんな一大イベントを開催できるかといぶかしむ声も上がっていたほどだ。

 だがこうした期待感のなさこそがロンドンを成功に導いたのかもしれない。期待が小さければ失敗も小さいとばかりに、市民はゆったりとスポーツの祭典を楽しんだ。多くの市民ボランティアが観光案内を買って出て、祭りを盛り上げた。開会式の心温まるメッセージ「みんなのオリンピック」がすべてを物語っている。

 日本の政治家や財界人が20年を政治的・経済的発展の好機とみる一方、五輪開催の長期的負担を心配する声も出そうだ。だが同様の心配があったロンドンは結局、黒字に終わった。開催費用は1兆3000億円だったが、1兆5000億円の経済効果が生まれたのだ。しかも子供の肥満が懸念されるなかでスポーツ人口が急上昇し、未来を担う子供の健康に貢献。パラリンピックの大成功は障害者の生活に目に見えない利益をもたらした。

 ただ懸念もある。東京オリンピックが近づくにつれ、福島をはじめとする東北の被災地に国際的な注目が集まっていくだろう。政府がIOC(国際オリンピック委員会)の決定直前に汚染水問題に対策を打ち出したのは、住民のためというより外圧への対処のようにも思える。「状況はコントロールされている」という安倍晋三首相の発言もむなしい。

 むしろパラリンピックの佐藤真海選手が被災者の立場から訴えたスピーチこそがIOCの決定に大きな影響を与えた。前回の招致失敗後に、東京の利便性が向上したわけではない。東北市民への世界の共感が有利に働いたのだ。

■世界に冠たるアマチュアリズム

 ロンドン五輪も完璧だったわけではない。ある時、私は駅で大きな五輪マークを背景に家族写真を撮ろうとした。すると、IDバッジを着けたスーツ姿の職員が駆け付けて「許可なしに写真は撮るな」と怒鳴った。茫然自失! お祭りを楽しんでいたら、現代の商業オリンピックの壁にぶち当たったわけだ。

 日本に戻って2カ月後、小学校の運動会の入り口にある手書きの看板の下で、体操着姿でほこりまみれになったわが子たちの素晴らしい写真を撮影した。近代オリンピック創始者クーベルタン男爵が「参加することに意義がある」という言葉で描いたオリンピック精神は毎年、日本中のアマチュアスポーツと学校の運動会によって支えられている。東京こそオリンピックにふさわしい。運動会の写真を見てそう確信している。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

フィリピン、大型台風26号接近で10万人避難 30

ワールド

再送-米連邦航空局、MD-11の運航禁止 UPS機

ワールド

アングル:アマゾン熱帯雨林は生き残れるか、「人工干

ワールド

アングル:欧州最大のギャンブル市場イタリア、税収増
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 9
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 9
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story