コラム

世界で一番清潔な街に感じた「クリーンショック」

2013年10月29日(火)12時34分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔10月22日号掲載〕

 この夏ニューヨーク旅行から戻った私は、1週間ぶりの東京で「カルチャーショック」ならぬ「クリーンショック」に見舞われた。東京が世界一清潔な大都市だということを忘れていたせいだ。

 ニューヨークは汚い街で、いつ行っても泥まみれでフットボールの試合をした直後のようだ。建設現場周辺の通りは本当に汚い。誰も水で流したり掃いたり「ご迷惑をお掛けします」と謝ったりしない。一方、東京の建設現場は歯医者さん並みに清潔だ。

 私から見ればニューヨークの汚さは都市としては普通だ。大都市はゴミや汚れがあって当たり前。ニューヨーカーにしてみればゴミは自然体の証し。「誰かが片付けるべきだ」と思いはしても、たかがゴミにかまけている暇はない。

 東京人がニューヨークに行ったら「よくこんな所で暮らせるなあ」と思うはずだ。東京ではゴミが1つ落ちているだけで目につく。珍しくおにぎりの包装フィルムが捨てっ放しになっているのを見ると、都会の孤独の象徴という気がする。ニューヨークだったら、また市の予算が減らされたのか、くらいにしか思わない。東京は清潔過ぎて少し非現実的、写真修整ソフトでも使っているかのようだ。

 実際、東京がいつも清潔なのは大勢の清掃スタッフのおかげだ。これほど多くの人が手すりを拭き、街角を掃き、機械を使って床を磨いている都市は世界でも東京だけだ。公衆トイレに入るといつも誰かが掃除をしている。結婚式当日に着付けやヘアメークのプロが花嫁を磨き上げるように、東京の街も大勢の人たちが絶えず磨き上げている。

 仕事熱心な清掃スタッフは都市計画者や建築家に負けないくらい東京の見た目と雰囲気を左右している。掃除が行き届いているので、東京人はきちんとした服装をしていないと周囲から浮いてしまう。ニューヨークならだらしない格好で外に出ても目立たないが、東京ではみっともない格好で表に出られない。

■美しいけれどちょっと疲れる

 清潔なのはいいが、落ち着かない気分になるときも。私の大学では授業が終わるたびに黒板を水拭きするので、シミ1つない黒板に書くのは少し気が引ける。東京もそれと似ていて、どこへ行っても「ここは踏んでも大丈夫?」と気になるし、公衆トイレではいつも清掃スタッフに「仕事の邪魔してごめんなさい」と謝る。ゴミを捨てる場所がなくて何時間も持ち歩くことだってある。

 東京は世界で最初のポストモダン都市といわれ、当時の建築が博物館並みに保たれている。でもそれ以上に清潔さこそが、多様な外観や雰囲気、質感やスタイルを持つ建築物が混在する街に美しい統一感を与えているのかもしれない。

 西新宿の超高層ビルから渋谷の「のんべい横町」の飲み屋、下北沢のおしゃれなブティックまで、何もかもが清潔で整然としている。パリでは噴水とモニュメントが、ニューヨークでは摩天楼の立ち並ぶ大通りが街を1つにまとめているように、東京の街を本当の意味で1つにまとめているのは清潔さではないだろうか。

 海外から戻ってしばらくは東京の清潔さになじめない。デートに向かう女性や就職の面接を受ける人のように緊張している感じだ。でも次第に慣れて、散らかった通りや投げ捨てられた新聞紙を見ると「何だこれは。ここはニューヨークか?」とむっとするようになる。

 7年後の五輪に向けて、東京はさらに清潔で整然とした街を目指すのだろうか。64年の五輪を機に東京は戦後から抜け出して見事に生まれ変わった。でも今回はこれ以上きれいにしようがないだろう!

 いや、ひょっとしたら東京ほど清潔でない都市から外国人が大勢やって来て、東京の街も東京人も気が楽になるかもしれない。見た目がどうあれ東京が魅力的な街であることに変わりはない。

プロフィール

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・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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