コラム

子供の頃から教えたい世界を変える選挙の魔法

2013年08月26日(月)18時22分

今週のコラムニスト:スティーブン・ウォルシュ

[8月13/20日号掲載]

 先日の参議院選挙は私にはショックだった。結果がではなく投票率がひどく低かったことが、だ。日本の将来にとって重要な問題が争点になっていたというのに。何よりがっかりしたのは若者の政治に対する無関心さだ。私の子供たちに投票権はまだないが、投票日の朝はいつもクリスマスの朝の次に興奮気味だ。本物の魔法を目の当たりにできるからだ。

 子供たちと日本人の妻と共に来日したばかりの頃、興味深い話を聞いた。投票日に投票所に一番乗りした有権者が投票箱の中を点検して空っぽだと確認し、投票所のスタッフが箱に封をしてから投票が始まるという。

 子供たちは早起きして市役所に行って空っぽの箱を見るんだと意気込んでいる。1日が終わる頃には、日本に住んでいる人みんなの生活がどう変わるか──教育制度、病院の数、空気のきれいさなど、自分たちに直接影響するもろもろのことを、その箱が決めるのだから。子供たちにとって投票箱は世界一強力な魔法の箱で、投票日にはその魔法を自分の目で確かめられる。

 政治の仕組みなんて子供には夢がなさ過ぎると言う人もいるかもしれないが、北欧や西欧では正反対の考え方をする親が多い。はっきり主張したいことがあれば積極的にデモに参加し、平気で子供も連れていく。小さいうちから自分の人生の主導権を握る権利と責任を自覚させることが重要だと、多くの親が考えている。

 買い物やデートや旅行やスポーツに溺れる快適な生活は、日本の子供たちをダメにしているのではないだろうか。ヨーロッパでは私たちの世代は子供の頃から、既得権益を持つ有力者の私利私欲に生活を左右され、搾取されて不幸にならないよう目を光らせろと教え込まれた。選挙で投票して自分の意見を伝えることが大事だと教わった。

 最近の研究によれば、幸福度の国別ランキングのトップはコスタリカ(10点満点で8・5点)。上位10カ国は北欧と中米の国々で、日本(6・5点)はヨーロッパのほとんどの国より下だが、アジアの国はどこも似たようなものだ。幸福感は主に積極的な政治参加によって得られるという。

 積極的な政治参加を奨励すれば日本の「幸福係数」は上がるかもしれない。子供たちに民主選挙の魔法について手ほどきする方法はいくらでもあるだろう。実際、子供自身の人生に直接影響する事柄(校則など)を責任を持って決めさせるのは難しいことではない。児童心理学者によれば、自分の人生を自分で決めているという自覚は特に10代の若者の満足感を増す。それには親ができるだけ早く子離れするのが一番だという。

■人生の主導権を握る楽しさ

 日本では政界も選挙もテーマパークのような夢の国にすぎず、実権を握っているのは選挙で選ばれた政治家ではなく霞が関だ、という皮肉な見方もあるだろう。霞が関は日本政治の「ダークサイド」、安倍首相の陰に隠れている本物の「オズの魔法使い」というわけだ。それでも子供に政治への興味を抱かせるには、省庁の一般開放日はうってつけだ。私の子供たちは、霞が関の庁舎の廊下を歩き回って政治の魔法の「ダークサイド」をのぞくのを楽しみにしている。

 私たちは子供に魔法の種明かしをし、自分の人生の主導権を握り責任を持つ訓練をさせる必要がある──いざ20歳になって投票権を手にしたときに慌てないよう、小さい頃から始めないといけない。

 テレビや街角で繰り広げられる政治の「サーカス」に嫌気が差して、本物の魔法を信じる気持ちをなくしてはいけない。自分で選択して主導権を握る楽しさには、空っぽの投票箱の魔法も霞が関の廊下のミステリーもかなわない。子供たちを「最良の選択」ができる人間に育てられたら、それに勝る魔法はない。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送-米連邦航空局、MD-11の運航禁止 UPS機

ワールド

アングル:アマゾン熱帯雨林は生き残れるか、「人工干

ワールド

アングル:欧州最大のギャンブル市場イタリア、税収増

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 10
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story