コラム

「小笠原ことば」だって貴重な文化遺産

2011年08月18日(木)14時35分

今週のコラムニスト:ダニエル・ロング

〔8月10・17日号掲載〕

 ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界自然遺産登録によって、「小笠原」という文字が頻繁にニュースに登場するようになった。とはいえ、そこは東京から1000㌔離れた東京都。180年以上前の江戸時代から続く多言語・多文化・多民族の歴史についてはあまり知られていない。

 私が小笠原に初めて行ったのは1997年。当時、大阪大学大学院で日本の方言を研究していたが、指導教官の徳川先生に「英語と日本語の両方が話せるロング君にしかできない研究があるよ」と教えていただいたのがきっかけだった。

 小笠原には、1830年代に島に住み着いた先祖の血を引く欧米系島民が暮らしている。人生の半分以上を日本で過ごした私は、複雑なアイデンティティーを持つ彼らに共感できるところがあった。しかし何よりも興味深かったのは、彼らが日常生活で用いている英語と日本語が混在する言語だった。

 それは本土に住んでいる私たち「外人」が行う言葉の混ぜ方、「We were really genki so we gambaru-ed(私たちはとてもゲンキだったのでガンバッタ)」のような適当なごちゃ混ぜではない。小笠原の欧米系島民は「Meら(われわれ)はEnglishとJapaneseをmixしているだけだじゃ」と控えめな言い方をするが、実際に外人が使うごちゃ混ぜ文を聞かせると「そんな言い方sounds funnyよ(おかしいよ)」と教えてくれる。本人たちの意識と裏腹に、その混ぜ方には間違いなく「言語」としての規則性が存在するのだ。

生態系を形成する「ことの葉」

 消滅の危機にあるとユネスコに認められた「日本列島の8言語」をご存じだろうか? 沖縄県の与那国語、八重山語、宮古語、沖縄語、国頭語、鹿児島県の奄美語、東京都八丈島の八丈語、北海道のアイヌ語だ。私は東京都小笠原諸島の「混合言語」も、そうした言語の1つに数えられるべきだと思っている。

 小笠原が自然遺産に登録されたのは、独特な動植物が島にたどり着いたためではなく、島にたどり着いたものがそこで独自の生態系を形成したため。この生態系には、「ことの葉」というもう1つの「植物」も含まれていると言ってよい。小笠原ことばは太平洋の他の島々で形成されたピジンやクレオールなど単純化された接触言語とは種類が違い、言語と言語が単純化せずに絡み合う形で独自の発達を遂げているからだ。

 八丈語や英語などが小笠原に運ばれ、さまざまな変化と進化を繰り返した。例えばある黄色い木は西洋系の先住移民から英語でyellow woodと呼ばれていた。ところが明治時代に入って来た日本人はこの英語を「聞き取った音」のまま覚えたため、小笠原の固有種であるこの木の標準和名は「ヤロード」となっている。

 独特な言語文化のルーツは英語と日本語だけでなく、太平洋諸島からの先住移民が運んできた単語にも多く見られる。例えば小笠原高校の学園祭の名称に現れるビーデビーデ(ムニンデイゴの木)や島名物のピーマカ(酢漬けの薄切り魚)、「セックス」を意味するモエモエはいずれもハワイ語起源。このほかにも、アラヒー(ノコギリダイ)やウーフー(ブダイ)、ヌクモメ(シマアジ)、プヒ(ウツボ)などがそうだ。

 今後、小笠原の自然は世界遺産として保護されることになる。しかし残念ながら、こうした小笠原ことば、貴重な言語遺産が若い人たちの間で消えつつある現状には誰も危機感を抱いていないようだ。

 しかし安穏としてはいられない。豊かな自然だけでなく、そこに根付いた文化や歴史にも目を向けてほしい。18を超える言語を話す民族が共に生活し、独特な融合型文化をつくり上げてきた小笠原は、これから日本が向かうであろう多文化共生社会のモデルでもあるのだから。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:戦闘で労働力不足悪化のロシア、インドに照

ワールド

アングル:フロリダよりパリのディズニーへ、カナダ人

ビジネス

NY外為市場=ドル横ばい、米CPI受け 円は週間で

ビジネス

米国株式市場=3指数が週間で下落、AI巡る懸念継続
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 4
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 5
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 6
    【インタビュー】「4回転の神」イリヤ・マリニンが語…
  • 7
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 8
    中国の砂漠で発見された謎の物体、その正体は「ミサ…
  • 9
    「ドルも弱い」なのになぜ、円安が進む? 「ドル以外…
  • 10
    機内の通路を這い回る男性客...閉ざされた空間での「…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 6
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 7
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 8
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    50歳には「まったく見えない」...信じられないレベル…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story