コラム

「いいね!」ボタンを押してクビが飛んだ役人たちの顛末

2012年05月16日(水)13時03分

takiguchi010512.jpg

 

 気軽にクリックしているフェイスブックの「いいね!」ボタン(英語では「Like」ボタン)。おもしろい意見や気に入った写真などを見るとクリックするのが習慣のようになっている人も多いだろう。ところが、それによって表明した意見が、「言論の自由」で保護されないという判決が先頃下された。

 ヴァージニア州のある保安官が選挙で再選を果たそうとしていた2009年、4人の部下が対抗候補のサイトで「いいね!」をクリックしていた。気にくわない上司へのちょっとした不服従の表明だった。この保安官は最終的に選挙で勝利したのだが(保安官は一般市民の選挙によって選ばれる)、後にこの「いいね!」の一件を知るにいたって、4人をクビにした。理由は、「職場の調和と効率が乱される」というものだ。

 クビにされたうちの1人がその後、「いいね!」をクリックしたことに対する解雇は「言論の自由」を保障するアメリカ憲法修正第一条に反していると、地方裁判所に提訴。そして下った判決が、「いいね!」のクリックは言論の自由の対象外で、ここでの行いが解雇の理由になっても致し方ない、というものだった。

 この判決は、非常に奇妙な判断に基づいている。つまり、フェイスブックやブログへの書き込みのように、ちゃんとした文章の体裁をとっていれば「言論の自由」の対象になったが、「いいね!」のクリックはあまりに不十分で、対象になるべくもないという。実際はそのクリックが、文章と変わらないほどはっきりとした意見表明だったからこそ解雇されてしまったのだが。

「いいね!」ボタンを押すことと書き込みとの間にそんな違いがあるなんて、誰も予想できなかっただろう。実際、フェイスブックの書き込みに関しては、これまでいくつも訴訟が起こされているが、書き込みをしたユーザー側に言論の自由が認められている。学校の先生を揶揄した生徒が停学処分になったときもそうだ。

 保安官に解雇された部下の訴訟は、「いいね!」ボタンを押すことが言論の自由で保護されるかどうかが問われた初めての裁判だった。判決では、「いいね!」をクリックしたユーザーがそこに込めた意見の内容まで、裁判所が推し測ることはしないという線引きを行っている。あまりに硬直的な判断ではないか。

まだ一審なので、これがインターネット時代の新しい一基準となるかどうかが決まるにはまだ時間がかかるが、こんなことがあると、「いいね!」は見かけは気軽なボタンでも、本当はまだ得体の知れないやっかいな存在だということが伺われる。企業に務める会社員なら、競合他社の製品にうっかり「いいね!」を押すと、即クビにもなりかねないご時世なのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 10
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story